なぜ「冷却」は難しく、「加熱」は簡単なのか?…エアコンの冷房機能を例に考える「冷やす」しくみ

物理に挫折したあなたに——。
読み物形式で、納得!感動!興奮!あきらめるのはまだ早い。

大好評につき5刷となった『学び直し高校物理』では、高校物理の教科書に登場するお馴染みのテーマを題材に、物理法則が導き出された「理由」を考えていきます。

本記事では〈「冷やすより温めるほうが簡単」は本当か?…意外と知らない、冷蔵庫が冷えるしくみ〉にひきつづき、冷却についてくわしくみていきます。

※本記事は田口善弘『学び直し高校物理 挫折者のための超入門』から抜粋・編集したものです。

どうすれば冷やすことができるのか

熱から仕事を作り出すほうの熱機関は多種多様なものがあるのに対して、冷却器はあまりバリエーションがない。

私たちにとっていちばん身近であるエアコンの冷房機能を例に熱交換によって温度を下げる方法を説明しよう。エアコンは、気体や液体などを使って熱を交換することで、室内の温度を下げたり、上げたりする空調機器だ。熱を移動させるための流体(気体もしくは液体)のことを冷媒という。エアコンでは、主に水素とフッ素と炭素の化合物が冷媒として使われている。

図を参照しながら説明しよう。まず室内機の熱交換機で部屋の暖かい空気を集め、冷媒を暖める。熱せられた冷媒は、室外機に送られ、圧縮機で圧力をかけることでさらに高温になる。

そして、高温になった冷媒は、室外機の熱交換機を通過する際に外気に熱が伝わり、ファンによって暖かい風が室外へ放出される。低温になった冷媒は、さらに、減圧機を用いることで、体積がもとのサイズになることによってさらに低温になる。このようにして冷やされた冷媒は、室内機に送られ、熱交換機を通過して冷たい風を吹き出す。これがエアコンで空気を冷やす基本的なしくみだ。

現実のエアコンではより効率的な冷却を行うために単に冷媒を圧縮することで高温にするだけではなく、気体が液体になるときの潜熱を用いてより大きな熱の交換が行えるように工夫している。

潜熱とは、固体から液体へ、液体から気体へ(あるいはその逆)に物体が変化するとき、温度上昇を伴わない状態で変化する際に費やされる熱のことをいう。文字どおりに温度上昇を伴わない「潜んでいる熱」である。身近な例をあげると、注射する際に腕を消毒アルコールで拭くと、冷たく感じるが、これも液体であるアルコールが気化するときに腕から熱を奪っていくからだ。これも潜熱が起こす現象だ。

エアコンでは、気体の冷媒に高圧をかけて圧縮すると高温を発し液体に変化する。この液体が減圧されて再び気体に戻る際には、消毒アルコールの例と同じように、周りから熱を奪っていく。

このように、冷却器は、圧縮による冷媒の液化によって生まれる放熱と、減圧による冷媒の気化によって生まれる吸熱を利用することで、その冷却効果をさらに高めている。

残念ながらこの気体を圧縮すると液体になって熱を発するという現象を我々が目にすることはまれなのでそういわれてもピンとこないだろう。その理由は、我々にとっていちばん身近な気体である大気はいくら圧縮しても液体にならないからである。大気が圧縮されて液体になるにはもっとずっと低い温度でなくてはならないので、我々は大気が液体になるところを目にすることはまずない。

一方、我々にとってもっとも身近な液体である水は、常温では液体なのでこれまた気体(水蒸気)から圧縮されて液体になるというのを目にすることができない。水蒸気が液体(水)に戻るときは圧縮されるのではなく温度が下がって液体に戻る場合が圧倒的だとなると「気体が液体に戻るときには発熱します」といわれてもピンとこない。

結果、いわゆる冷房を機能させるには常温で簡単に(圧縮や膨張で)液体や気体に変わってくれる特殊な物質、身近にはないような物質を使わねばならない。その条件を満たすのは、フロンガスだった。のちにフロンガスはオゾン層の破壊など地球環境に致命的な影響を与えることがわかり製造が禁止になった。

つまるところ、フロンガスみたいなあまり日常的に存在しない、つまり、ひょっとしたら危険かもしれないものを冷房なんていう身近なものに使う羽目になったのはまさに我々が日常的に「気体が圧縮されて液体に戻って発熱するところなんて見たことがない」という事実と裏腹だったのである。それが簡単に日常的に目にできる現象ならフロンガスなんて特別なものを使わずとも身近にある物質で簡単に冷房装置が作れたはずなのだから。

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