分子版「ジュラシック・パーク」の世界

生命1.0への道 第10回

システインが鉱物の表面から生命を解き放った

最後にもう一度、システインの話をしておこう。先ほどの譬え話で実は伏線を張っておいたのだが、分子版「ジュラシック・パーク」が再現しようとしている世界には、タンパク質や核酸より前におそらく存在していたものがある。それは鉱物を介しての化学反応――すなわち「原始代謝」だ。これが最終的に生命というシステムの中へ取りこまれていかなければならない。システインは、その実現に一役買った可能性がある。

我々は細胞で行われる「呼吸」によって有機物を分解し、エネルギーを得ているが、ここに「鉄硫黄タンパク質」が関わっている。分解というのは、難しく言えば「酸化還元」という電子のやり取りを伴う化学反応なのだが、鉄硫黄タンパク質はその反応に欠かせない。このタンパク質には、その名の通り鉄と硫黄が含まれている。専門的には「鉄硫黄クラスター」と呼ばれる、鉄原子と硫黄原子の集合体だ(図4、写真4)。

実は20種類のアミノ酸の中で唯一、システインだけが持つ「チオール基」と呼ばれる部分によって、それがタンパク質と結びついている。逆に言うと、システインがなければ鉄硫黄タンパク質はできないし、生命は電子をうまくやり取りすることができない(注5)。

注5)アスパラギン酸などにも鉄硫黄クラスターをつかまえる性質はあるが、圧倒的にシステインのほうが利用されている。チオール基を持っているほうが、電子のやり取りに向いているのかもしれない。
【図】 鉄硫黄クラスターの例
図4 鉄硫黄クラスターの例。黄色が鉄、青が硫黄の原子を表している
 
【写真】鉄硫黄タンパク質をつくっている藤島さん
写真4 内部に酸素のない嫌気環境のグローブボックスで、鉄硫黄タンパク質をつくっている藤島さん(原始地球環境に酸素はなかった)

この鉄と硫黄は、どこから来たのか? 鉱物の表面からと考えるのが、いちばん自然だろう。

「鉄と硫黄は原始地球に豊富でした。シアノバクテリアによって酸素が放出される以前には、海にも鉄が大量に溶けていた。そして硫化鉄みたいなものはブラックスモーカー型のチムニー(写真5)から、わんさか出ていました」と藤島さんは言う。陸上の温泉地帯であっても同様と考えられる。

「もし硫化鉄が大量に存在する環境で、システインをつくるような原始酵素ができれば、それによってつくられたシステインが周りにある硫化鉄を取りこんで、原始鉄硫黄タンパク質のようなものができる。

すると酸化還元反応をコントロールできるようになるので、そのエネルギーを使ってまた別の反応――たとえば他の有機物をつくるといったことができます」

【写真】北東太平洋の熱水噴出域(深さ約2000m)にあるブラックスモーカー型のチムニー
写真5 北東太平洋の熱水噴出域(深さ約2000m)にあるブラックスモーカー型のチムニー。黒っぽい煙に見える熱水は、大量の硫化鉱物を含んでいる。無数のハオリムシ(チューブワーム)がチムニーを覆って、赤いエラを出している

実際にシェリフ・マンシー(Sheref Mansy)というイタリアの合成生物学者が、原始的な鉄硫黄クラスターを含むペプチドを、すでにつくっている。そのペプチドは別の有機物をつくりだす酵素のような機能も持っていた。

「硫化鉱物の表面に生じる酸化還元能力を、鉄硫黄タンパク質が積極的に利用するためにシステインが現れたと考えます。逆に言えばシステインが現れない限り、鉱物表面の代謝を生化学に持っていくことはできない。鉱物はその場から動けませんが、ペプチドで包めば溶けだしていくので、他の環境にその酸化還元能力をふるまうことができる。キャリアーなんです」

つまりシステインができなければ、生命はいつまでも鉱物の表面から動けなかった可能性がある。

くせ毛の多い人は、朝起きて鏡の前に立つと、うんざりするかもしれない。学校や職場へ行くのが嫌になることもあるだろう。そういうときはカールした髪をしみじみ眺めて、そこにある迷惑なアミノ酸が40億年以上前の原始地球でいかに誕生し、活躍してきたかに思いをはせてみよう。少しは、なぐさめられるのではなかろうか。

えっ、ただでさえ忙しい朝にそんな余裕はない? ごもっともです。

第11回に続く★

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