分子版「ジュラシック・パーク」の世界

生命1.0への道 第10回

タンパク質と核酸は最初から共進化してきた

原始地球にもさまざまなアミノ酸はあったかもしれないが、少なくとも現在、生物がタンパク質に利用している20種類全部は揃っていなかっただろう。もちろん、それらが数百以上つながったタンパク質も存在しなかったか、非常に限られていたはずだ。ほとんどはアミノ酸が数個から数十個程度つながっただけの「ペプチド」だったと予想される。

しかし、それらのペプチドにも機能的に未熟ながら、酵素のような役目を果たすものがあったかもしれない。

恐竜も2億年以上前に登場したときは、小さなトカゲっぽい生き物が何種類かいたに過ぎなかったはずだ。それが絶滅するまでに1億5000万年以上をかけて多様化し、ティラノサウルスやトリケラトプス、ブラキオサウルスなど巨大でユニークな姿の生き物が誕生していった。今では化石として残されたものしか知りようもないわけだが、それでも600を超える種類が確認されている。

藤島さんはペプチドやタンパク質も、同様に進化し、多様化していったと考えている。しかもタンパク質だけが、単独で存在していたわけではないと予想している。そこには、お互いに進化を促し合う「相棒」がいた。すなわち核酸という紐である。恐竜も1億5000万年以上の間、彼らだけで地球を闊歩していたわけではない。哺乳類の祖先を含むさまざまな種と争ったり、支え合ったりする中で、進化していったはずだ。

「セントラルドグマに関わっている分子を見ると、核酸だけれどもアミノ酸を運ぶtRNAがあったり、核酸(RNA)とタンパク質の複合体であるリボソームがあったりします(動画2)。そういう状態を見ていると、翻訳系は最初から核酸とタンパク質が共存する中で、できあがっていったのではないでしょうか」と藤島さんは言う。

動画2 細菌のリボソームの一部。タンパク質は青、RNAはオレンジ色で表されている

生命へと至る化学進化が、どんな物質から始まったのかによって「RNAワールド」や「プロテイン(タンパク質)ワールド」、「リピッド(脂質)ワールド」、「がらくたワールド」などの仮説があることは、これまでにも何度か述べた。山岸さんは「RNAワールド」、小林さんは「がらくたワールド」、車さんは「リピッド・ワールド」の支持者あるいは提唱者だった。

一方、古川さんは基本的に「RNAワールド」派だが、タンパク質のほうが核酸よりもできやすいことから、両者が同時に存在していた可能性も認めている。この共存という点は、藤島さんと同じだ。しかし核酸の進化については、乾いたり湿ったりという過程とともに、鉱物のような無機的な触媒の作用を考えていた。

それを否定はしないが、藤島さんは、どちらかというと核酸とタンパク質が「共進化」した可能性を重視している。より具体的に言えば、核酸の部品であるヌクレオシドやヌクレオチドと、タンパク質の部品であるアミノ酸やペプチドが、それぞれ長くつながっていくことに貢献し合った可能性だ。

譬え話をしよう。

40億年以上前の原始地球環境に、ちょっとした穴ないしは窪みがあった。それは陸上でも海中でもいいのだが、とりあえずイメージしやすいので陸上の湿ったり乾いたりする場所ということにしておこう。

その窪みにある鉱物の表面では、第5回で触れたように金属と硫黄による化学反応でエネルギーが生みだされていた。そして何十種類かの「ペプチドザウルス」と数種類の「ヌクレオチドン」が住み着いていた。

これらは当時の地球にいた全種類ではなく、窪みを形づくる鉱物の性質や温度、湿度、pHなどさまざまな条件によって絞られていた。そして、たまたま「世話好き」のペプチドザウルスと「社交的」なヌクレオチドンが、その環境に惹きつけられて集まっていた。

ヌクレオチドンは水の中だと弱々しい感じだったので、世話好きのペプチドザウルスは彼らを囲みながら守ってやろうとした。ヌクレオチドンも愛想がよかったので、そのまわりには世話好きのペプチドザウルスが集まってくる。そしてお互いにしっかり抱き合ったり、手をつないだりしながら固まって暮らすようになった。

すると隣り合うペプチドザウルスどうしも、守っているヌクレオチドンに導かれて仲良く腕を組んだり、またヌクレオチドンどうしも、同じペプチドザウルスを介して手をつないだりするようになった。

こうして腕を組んだり、手をつないだりする者が増えていき、どちらも長くつながっていく。そして、ある時、ペプチドザウルスは巨大なタンパクシツザウルスへと進化し、ヌクレオチドンも非常に長いカクサンドンへと進化した。

タンパクシツザウルスとカクサンドンは、その後もお互いに助け合いつつ、仲良く暮らしていったとさ。めでたしめでたし。

ということで、何となく意味はくみとっていただけただろうか。

つまり数あるアミノ酸やペプチドの一部、そしてヌクレオシドやヌクレオチドの一部が、地球環境というふるいにかけられて特定の場所に集まり、そこで両者が出会う。

ヌクレオシドやヌクレオチドは水に触れると分解されやすい。しかしアミノ酸やペプチドがくっついていれば壊れにくくなる。

するとヌクレオシドやヌクレオチドの周囲では、それらに結びつきやすいアミノ酸やペプチドが選択的に濃縮されていく。もちろん生き残りやすくなったヌクレオシドやヌクレオチドも、アミノ酸やペプチドとともに濃縮されていく。

両者が濃縮されて分子間の距離が近くなれば、アミノ酸やペプチドどうし、あるいはヌクレオシドやヌクレオチドどうしも結びつきやすくなる。

この時、たとえば先に結びついた2つのペプチドを介してヌクレオチドどうしが結びついたり、その逆が起きたりといったように、お互いが足場や土台の役目を果たしていった可能性がある。そして、それぞれが長い紐へとつながっていった(注3)。

その過程でシステインのような新しいアミノ酸をつくりだすペプチドや原始タンパク質が、できていったかもしれない。同時に、そのような原始タンパク質と対をなす核酸も誕生した。お互いが足場や土台の関係だったら、そうなったはずだ。

最終的に多様なタンパク質と核酸が、車の両輪ないしはパートナーとして、セントラル・ドグマの翻訳系を構築していったというわけである(注4)。

注3)現在もリボソーム内のRNAがアミノ酸からタンパク質への重合を担っており、一方でポリメラーゼという酵素(タンパク質)が、RNAの重合を担うというように、相補的な関係がある。
 
注4)オーストラリアのボージャン・ザグロヴィック(Bojan Zagrovic)という理論生物学者は、特定のタンパク質と、そのアミノ酸配列をコードしているmRNAが相互作用しやすい(くっつきやすい)ことを、物理化学的な測定に基づく計算によって示した。それはタンパク質を構成している個々のアミノ酸と、それに対応するmRNAの塩基とが、相互作用しやすいことも意味している。つまり遺伝暗号(コドン)とアミノ酸の組み合わせは、核酸とタンパク質(の部品)が共進化する中で、決められていったのかもしれない。

もちろん、これはまだ仮説に過ぎない。タンパク質も核酸も恐竜とちがって化石を残さないから、これは実験で検証していくしかない。

たとえば配列(どのアミノ酸が、どの順番でつながっているか)の異なるさまざまなペプチドをランダムにつくりだし、それを試験管の中にばらまく。そこにさまざまな核酸(RNA)の断片やヌクレオチドなどを放りこむ。そして温度やpHなどを変えたり、金属を加えたりしながら、種々の条件下で反応させるのである。

その結果ペプチドだけ、あるいは核酸だけのときに比べて、両方を混ぜたときのほうが、より長い紐ができてくれば、仮説の信憑性は高まる。また、そうやってできてきたタンパク質の機能を調べたとき、新しいアミノ酸をつくりだす能力があったとか、あるいは、より効率的に核酸をつなげていく能力があった、ということが起きていれば、分子版「ジュラシック・パーク」は現実に近づいていくだろう。

藤島さんは現在、そのような実験を行う準備を進めている。何しろアミノ酸は20種類あって、それをペプチドにつなげたときの組み合わせは膨大だし、反応条件もいろいろと考えられるので、効率的にやらなければいつまでも実験が終わらない。

そこで近年、抗体医薬などの分野でも利用されている「mRNAディスプレイ」と呼ばれるテクニックも、導入するつもりだ。これを使えば大量のタンパク質やペプチドの配列と、それらの機能をいっぺんに知ることができる(写真3)。

【写真】mRNAディスプレイでタンパク質の配列を読み取る作業を行っているところ
写真3 mRNAディスプレイでタンパク質の配列を読み取る作業を行っているところ

「まだまだ遠い道のりですが、最終的には試験管の中で、一から原始翻訳系のようなものを再構築できたらいい」と藤島さんは言う。

「いろいろな試行錯誤の中から、こういう条件だったら2種類の紐がお互いに共進化しながら発展していけるというのが見えてくると思います。するとその条件を満たす原始地球環境はどこだったか、というところまで迫れるでしょう。

たとえば、塩分濃度はこれくらいの範囲だとよく反応が進むとか、そうすると淡水よりは海に近いとか、マグネシウムはあまり必要なかったとか、そういったことがわかってくる。

ありえた進化の場を規定することができて、それが他の天体でも存在しうるかを考えられる。存在しうるとなれば2種類の紐を使う生命は地球だけはなく、宇宙で普遍的に誕生してもいいという結論になります」

藤島さんのビジョンは壮大だ。

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