はたして人類は造物主になれるのか。みなさんはどうお考えでしょうか? 佳境に入った連載『生命1.0への道』では第7回から、人工細胞づくりをめざす東京工業大学・地球生命研究所(ELSI)特任准教授の車兪澈(くるま・ゆうてつ)さんの取り組みを紹介しています。
一般に言われている「生命の条件」のうち、車さんの人工細胞はすでに「膜」(ベシクル)を持ち、「代謝」のシステムも備わっています。となれば、残るはあと1つ。
今回は、その最後のハードルに車さんがどう挑んでいるかを、たっぷりご覧いただきます。読み終えたあとは、冒頭の問いへの答えをもう一度、考えてみてください。
最後の壁、自己複製の実現
第3回で書いたことの繰り返しだが、科学的に「とりあえず」生命を定義しようとなった場合、「自他を区別する境界があり、代謝と自己複製をする」という特徴を使うことが多い。
車兪澈さんは膜屋なので「境界」が大事なのはもちろんだが、「『ここからが生命』という定義は『複製する』という1点だけでいいのではないか」とも言っている。ちゃんと継続的に複製するためには情報を担う核酸が必要で、その核酸を増やして2つに分ける機械がタンパク質だ。すべては複製のためにある。
第5回と第6回にご登場いただいた国立遺伝学研究所教授の木村暁(きむら・あかつき)さんも「多様な細胞のすべてに共通する特徴は、膜があって分裂で増えることくらいです。したがって、これを実現した人工細胞は、ほとんど生命だと言っていいのかもしれません」と語っていた。生命と非生命の間にある壁は自己複製だというのが、細胞を扱う研究者の共通認識なのかもしれない。
いずれにしても車さんの人工細胞には「境界」としてのベシクルがあるし、ATPやタンパク質をつくるという「代謝」システムも備わっている。あとは自己複製さえすれば三拍子が揃う。
複製のためにまず何が必要かというと、当たり前だが「境界」と「代謝」システムが2倍に増えなければならない。
境界である膜のことは後回しにして、先に代謝システムについて考えると、車さんの人工細胞の場合、PUREシステム(第8回「人工的な「セントラルドグマ」を組みこむ」参照)自体が自己増殖すればいい。これは原理的には簡単である。タンパク質をつくるこのシステム自体も、ほとんどタンパク質でできているわけだから、増えるのに必要なタンパク質を自分でつくらせればいいのだ。実際にこれは可能である(図1)。
ただ難しいのはリボソームという「工場」の構築だ。最初に入っているのは大腸菌から取りだしたリボソームだが、それと同じものを大腸菌とは無関係につくらせなければならない。
リボソームは50種類ほどのタンパク質と、3種類ほどのRNAからなる複雑な構造物だ(注1/図2)。それらのタンパク質やRNAを、PUREシステムなどで個別につくりだすことはできる。
しかし材料を揃えても、なかなかリボソームという構造物に組み上がってはくれない。何か仲立ちというか、手助けをしてくれる大工さん役の酵素やタンパク質が必要なのだ。
注1)これは大腸菌のような原核生物の場合で、真核生物ではタンパク質とRNAともに、もっと多い。
PUREシステムを開発した東大の研究室では、そうした「生合成因子」と呼ばれる酵素やタンパク質をいくつか加えて、リボソームの少なくとも一部を試験管内でつくることに成功している。DNAやtRNA(転移RNA)を増やす機能も別途、組みこまなければならないが、ベシクルの中でセントラルドグマ自体が増殖する日は近そうだ。