2023年6月18日頃、米国の観光会社オーシャンゲート社が運航する潜水艇タイタン号の海難事故。乗員・乗客の生存は絶望的という驚愕のニュースが世界を駆け巡りました。米沿岸警備隊を中心に、タイタン号の捜索が続いていましたが、前回の記事では、遭難の経緯を検証しつつ、深海にアプローチすることの困難さ、危うさも実感させられました。
そうした中、タイタン号の残骸が引き揚げられましたが、驚くべきは、この引き揚げが事故発生からわずか10日でなされたというスピードと、短時間で深海で発見したという技術力の高さです。今回は、この発見に活躍した遠隔操作型無人潜水機(ROV)を中心に、深海での活動における技術について検証してみたいと思います。
わずかな時間での引き揚げ
2023年6月28日、米沿岸警備隊は、タイタニック号の見学潜航ツアーで消息を絶った潜水艇タイタンの残骸5点をセントジョンズ港(カナダ東部、ニューファンドランド島)に陸揚げした。「残骸から遺体の一部とみられるものが見つかった」という報道もあったが、詳細は未公開だ。
6月18日に消息を絶った潜水艇、タイタンの5人の搭乗者の生存の可能性はなくなったが、驚いたのは事故発生からわずか10日で深度3800mの海底からタイタンの破片を引き揚げた「米沿岸警備隊」の技術力だが、違っていた。
引き揚げの詳細報告をしたカナダプレス(キース・ドゥーセット記者)など、いくつかの現地メディアの記事を手がかりに調べたところ、その経緯がわかった。
事故直後に派遣依頼されたROVとは
以下、日付・時間などは現地時間による。順に追ってみよう。
6月18日 オーシャンゲート社、遠隔操作型無人潜水機(ROV)派遣を依頼
タイタンが消息を絶った直後、タイタンの運営会社、オーシャンゲート社は、深海調査を請け負う専門会社、ペラジック・リサーチ・サービス社にROV(遠隔操作型の無人潜水機)の派遣を依頼した。
ROVは、水中や海底の撮影、調査をする水中ドローンの一種だが、ペラジック社が事故現場に送ったROV「オデュッセウス6K」は、深度6000mまで潜航可能な2.5m(L)×1.5m(D)×2.2m(H)という巨大マシンだ。空気中の重量は2.5トン、自動車ならレクサスLXに相当する巨大マシンだ。
推進装置(スラスター)は前方と横方向に4基、垂直方向に3基備えており、タイタンの水平・垂直合わせて2基とは雲泥の差の運動性能だ。
海中ではGPSは使えないため、航空機やロケットに装備されている位置を知るための慣性航法システム (INS)は、iXblue社の深度6000m用と4000m用を用意している。
ROVの「眼」は多く搭載されており、4Kビデオカメラの他、デジタルカメラ、静止画や暗部を複数画像で合成し明るく記録するカラーとモノクロのコンポジット装置もある。もちろん撮影のための照明装置も充実。深海のすさまじい水圧を受けても、それらの機器が破損しない設計だ。
ROVは日本も保有しており、政府関係機関にかぎっても、7000mまで潜航可能の「かいこうMk-IV」を筆頭に潜航深度6000mが4基、3000mが2基、1000mが1基、合計9基がある(2020年4月、内閣府資料)。
これらは深海の生物や資源、また地震源など科学調査に欠かせないが、ペラジック社のように、民間企業からの要請で即、事故現場に駆けつけられるものではないだろう。
ペラジック社は、米ボストンからクルマで160km、ロボットアームのように大西洋に突き出たコッド半島の半ば、マサチューセッツ州サウス・ウェルフリートにある。
画像:ROV「オデュッセウス6K」をバックアップするシステム群
タイタン破片の引き揚げの経緯を、さらに追ってみよう。