――その冒険は無謀だったのでしょうか――?
沈没したタイタニック号の「観光」のために潜航を行っていた小型潜水艇タイタンの事故。日本で深海潜水艇に二度搭乗し、潜航そのものを取材した貴重な経験をもつジャーナリストの山根一眞氏に、自らの潜航体験と科学的な見地をもとに、なぜ事故が起こったのかについて寄稿してもらいました。深海潜航の実際を解説しながら、タイタン捜索を検証してみたいと思います。
「深海に行った人は宇宙飛行士より少ない」
深さ3800mの深海に沈むタイタニック号の現場を目指し、潜航していた小型潜水艇タイタンが消息を絶った。世界が報じ続けている事故だが、深海への潜航は宇宙に行くのに匹敵する困難があり、「深海に行った人は宇宙飛行士より少ない」と言われることもあり、また深海潜水艇は世界に100隻ほどしかないためその世界を知る人はきわめて少ない。
そのためだろう、この事故の報道は隔靴掻痒(かっかそうよう)の感があった。
私は、深海潜水艇(日本では「有人潜水調査船」と呼ぶ)「しんかい2000」と「しんかい6500」に搭乗する深海潜航取材を経験している。日本のジャーナリストでは2度の潜航を体験した者は私だけのようだ。また長く日本の深海挑戦技術の取材も続けてきただけに、タイタンの事故ではさまざまな思いにとらわれた。そこで、あくまでも「私見」だが、この事故について記すことにした。
深海との通信は可能か
タイタンは、2023年6月18日早朝(現地時間)、チャーターした母船(ポーラープリンス・2153トン)から離脱、5人の有料見物客を乗せ潜航を開始したが、1時間45分後に母船との通信が途絶えた。
このタイタンは以前にも通信途絶を経験しており、電源問題などで通信不能とも考えられ通信回復を待ったが連絡がないまま浮上予定時間を過ぎたため、事故発生が伝えられた。
今回の事故を伝える報道で「タイタンは、無線や全地球測位システム(GPS)を持っていなかった」と書いている記事を多く見たが、「持っていなかった」のは当たり前のことだ。
海中では電波による通信はできないからだ(緊急浮上時用のイリジウム衛星電話は備えたいてようだが)。
もちろん、宇宙から届くGPS衛星の信号も海中では受信できるわけがない。海中での電波通信の可能性を探る実験も行われてはいるが、実用化はしていない。
音波で行う「深海と海面の連絡」
一方、海中では音は届く。
クジラは低い鳴き声を500km先にまで届けていることがわっている。そこで有人潜水艇は、深海と海上の母船との連絡を音波(超音波)で行っている。地上では電波に音やデータを乗せて通信するが、海中では超音波に音声やデータをのせて通信をするのである。
タイタンが「1時間45分後に通信が途絶えた」というのは、音波による水中通信機を備えていたからだろうが、LINEのような文字による短いメッセージ交換だけだったようだ。