この連載では、非常に小さくて、場合によっては目にも見えないような「ロボット」や「人工知能(AI)」をつくる研究を追いかけています。材料には主にデオキシリボ核酸(DNA)やタンパク質、脂質といった生体物質が想定されています。これらには化学エネルギーで効率よく機能し、人体にもなじみやすいという特徴があります。
ただ従来の機械に使われる金属やプラスチック、シリコンなどがダメというわけではありません。むしろ最終的には、それらの「硬い」物質と「柔らかい」生体物質とを融合させて、それぞれの利点を生かした機械にするのがいいと考える研究者もいます。第10回〈進化中!「筋肉」で動くマイクロロボット〉と第11回〈「サイボーグゴキブリ」がヒーローとなる日〉では、昆虫の筋肉や昆虫そのものを使って、そうしたハイブリッドな機械や「サイボーグ」をつくる試みに注目しました。
今回は、それらを取材する過程で研究者の方々から得たアイデアやヒントをもとに、約30年後の未来を「妄想」してみました。物語形式で書きましたので、気楽に読んでみてください。内容はフィクションであり、実在する人物や組織、研究プロジェクト等とは一切、関係ありません。
変わってしまったお父さん
お父さんが突然、働き者になったのは、2年くらい前のことです。私は小学校3年生でした。それまでは、どちらかというと引っこみ思案タイプで、オンラインでさえも人前に出るのはひどくつらそうでした。そして何をするにも自信がない感じ――だから仕事もあまり長続きせず、家でゲームにふけったりしていることが多かったんです。
お母さんからは「情けないわね。一家の主なんだから、少しはしっかりして」と、いつも怒られていました。でも優しくて、私にはいいお父さんでした。
家でゴロゴロしている時は、ヒマなんだから当たり前かもしれないけど、よく遊んでくれました。昆虫採集に連れていってくれることが多かったと思います。子供のころから虫好きだったらしく、私が女の子だってことは、あまり気にしてなかったみたい。おかげで今ではすっかり慣れました。ゴキブリだってさわれます。
だけど、ここ1年くらいはいつも忙しそうで、ちっとも相手にしてくれません。知り合いといっしょに新しいビジネスを始めて、それが軌道に乗ってきたみたいなんです。引っこみ思案で自信がなかったのに、どうして起業なんかできたんでしょう?
ちょっと信じられないんですが、最近、その理由がわかってきました。もし本当なら、それを逆手にとって、遊んでくれるお父さんを取り戻せるかもしれません。今からその作戦を、実行しようとしているところです。
どうするのかって? 少し複雑なんですよね。まずは私の家の様子から、お話ししましょう。
ペットは何百匹もの「バグボーグ」
わが家は3人家族です。だけどペットは、たくさんいます。イヌとかネコじゃありません。ほとんどが「バグボーグ」つまり虫(バグ)のサイボーグです。皆さんの家にも、たぶん1匹や2匹はいますよね? だけどウチには何百匹もいます。もしかしたら何千匹かもしれません。
私のいちばんのお気に入りで仲良しなのは、アシダカグモの「軍曹」くんです。人気のバグボーグだから知ってるかもしれないけど、胴体は3センチメートルくらいで、脚を広げると私の手のひらくらいある大きなクモです。ウチで飼ってるペットの中では最大級です。
アシダカグモは4匹いるんだけど、軍曹くんは主にリビングで暮らしています。天井の東の角が定位置で(網は張りません)、そこから時々パトロールに出ては、ゴキブリなんかを捕まえて食べてくれます。なんとなく、りりしいイメージなので、お父さんが「軍曹」という名前をつけました。
見た目はちょっと怖いけど、おとなしくて、どちらかというと臆病です。バグボークにしなければ、自分から人に近づくことはないでしょう。衛生的で病気を媒介することはないし、いつも部屋の端っこにいて、テーブルや食べ物の上を這ったりすることもありません。
もちろん端末を使って呼び寄せれば、私の手の上にまで乗ってきます。背中に小さな電子回路のチップが取りつけられていて、それで脳をコントロールしているんです。アシダカグモは本来、夜行性なので昼間は物陰でじっとしていますが、バグボーグにすれば昼間でも活動させられます。チップを動かす電気は、クモの体液からバイオ燃料電池で取りだしています。
手乗り軍曹くん、顔に近づけてよく見ると、わりとモフモフです。お行儀よく2列に並んだ8つの眼が、つぶらでとってもかわいいです。