タンパク質も細胞膜もDNAもつくれない生命?
僕がイメージする「生命2.0」の例を、いくつか紹介してきた。もちろん他の人には別のイメージがあるはずだ。それは、ぜひとも聞いてみたい。
そこで今回、あらためて4人の研究者にお話をうかがうことにした。いずれも多かれ少なかれ「生命の起源」に関わっている方々だが、なるべくバラエティはもたせたつもりだ。実際、四者四様の面白い意見を聞くことができた。
トップバッターは海洋研究開発機構・高知コア研究所の特任主任研究員、鈴木志野(すずき・しの)さんである。鈴木さんが最近、大きな発見をしたフィールドは、幻のウルヴァリン細菌が発見されたような環境に、よく似ている。アメリカのカリフォルニア州、というところも同じだ。しかし湖ではなくて泉である。
サンフランシスコの北、人里離れた山中の「ザ・シダーズ」という場所では、100ヵ所以上で泉が湧きでている。その水はpH11~12と自然界で最も高い強アルカリ性だ(写真4)。モノ湖の水も強アルカリ性だがpH10くらいなので、それよりもさらに高い。もとをたどれば、その理由は地下深くにある。
ザ・シダーズ一帯は世界でも珍しい場所で、本来、上部マントルを構成しているカンラン岩が、地殻変動で地表にまで露出している。そこに雨が降って染みこむと、カンラン岩は水と反応して蛇紋岩に変質する。これを「蛇紋岩化反応」という。このとき、水素が発生し、続いてメタンやカルシウムなどが生成される。それらが溶けこんだ水は強アルカリ性になって、地表へと湧きだしてくるのだ(図3)。
そういう特異な場所なので、土地のオーナーは何か変わった微生物がいるのではないかと考え、ヒトゲノムの解読で有名な分子生物学者クレイグ・ベンターの研究所に調査を依頼してきた。当時、その研究所に所属していた鈴木さんが実際に調査を担当することになったのだが、はじめは生物など見つからないだろうと考えていた(写真5)。
何しろエネルギーを得る手段がない。湧きだす前の水は当然、地下なので光合成などはできない。食べ物になるような有機物もない。水素やメタンなどは微生物のエネルギーになりうるのだが、同時に必要な酸素あるいは硝酸、硫酸などがないため使えない。また、タンパク質やDNAをつくるための材料にも欠けている。生命が暮らすには、あまりに過酷な環境なのだ。
ところが実際に調べてみたところ、数は少ないながらも、とんでもない細菌が見つかってしまった。まず遺伝子の数が極端に少なくて、400個くらいしかない。ベンターらが生命活動に必要な最小限のゲノムを作成しようとして「つくりだした」マイコプラズマという細菌でも、2016年に発表された時点で473個の遺伝子を持っている。それを下まわっていたのだ。
鈴木さんが発見した細菌は、実のところ「生命活動に必要な最小限のゲノム」を持っていなかった。何しろ呼吸をするための遺伝子がないし、DNAやアミノ酸、細胞膜、そしてATPを合成する遺伝子も欠けている。かろうじて持っているのは、セントラル・ドグマの転写や翻訳、複製に関わる遺伝子と、細胞壁をつくる遺伝子くらいだった。
「いや、それって生きてないでしょ」と誰しもが思うだろうが、ちゃんと増殖はしているのだ。どうして、そんなことが可能なのかは、まだわかっていない。そもそも先ほど言ったように、エネルギーを得る手段も、タンパク質やDNAの材料もない環境に住んでいるのだから、それらをつくる遺伝子を持っていたって仕方がないとも言える。むしろ無駄な核酸は、節約したほうがいいのかもしれない。
「とにかくこの微生物は環境にいくら変化が起きても、何らすることなく死ぬしかないという生命だと理解しています」
10月18日に東北大学で行った講演(注4)の中で、鈴木さんはそう語っていた。
「だから、いつも生きるか死ぬかというシチュエーションで、彼らが生きられるところに生きる、そういう生命ではないかと考えています」
注4)「細胞を創る」研究会11.0での口頭発表。http://www.jscsr.org/sympo2018/index.html
しかし400個の遺伝子の半分はまだ働きがわかっていないので、何か未知の方法でATPなどをつくっている可能性はある。
また、顕微鏡で観察したところ、細菌がカンラン岩ないしは蛇紋岩のかけらに集まって、べたっと貼りついていることがわかった。もしかしたら鉱物表面で起きている化学反応から、直接エネルギーを得ているのかもしれない(写真6)。だとすれば、おそらく第5回や第10回で紹介したような「原始代謝」に近いものだろう。実際、40億年前は地表のあちこちで、蛇紋岩化反応が起きていたと考えられている。