ホメオパシーは「実証された」!? 一流学術誌に載った論文の真相

ラボ・フェイク 第2回

科学的「確からしさ」とは

確証バイアスをはじめとするさまざまなバイアスを避けるため、科学者たちは工夫を重ね続けている。臨床試験の場合は、「ランダム化比較試験」という方法が現在のスタンダードだ。

名前ほど難しいものではない。十分な数の患者をランダムに抽出し、ランダムに二群に振り分ける。治療を施す「試験群」と、施さない(偽薬を与える)「対照群」だ。患者も医師も、自分がどちらの群にいるのか知らされない(二重盲検化)。二群は同じ環境に置かれる。以上が基本だ。

ホメオパシーに対しても、世界中でランダム化比較試験がおこなわれるようになった。そのデータがある程度蓄積されると、今度は、それらをまとめて統計的に分析しようという動きが出てくる。「メタアナリシス(分析の分析)」という手法である。

クラウス・リンデらのグループが初めてそれを大規模に実施し、1997年にその結果を『ランセット』誌上で公表した。そう、これこそが冒頭に述べた、ホメオパスたちを大喜びさせたもう一つの論文だ。

リンデらの分析によると、レメディを投与された群は、偽薬を投与された群よりも、状態が改善されている割合が高い。つまり、ホメオパシーにはプラセボ効果を上回る効果がある、という意外な結論が得られたのだ。

だが、この話にもちゃんと続きがある。結局のところ、リンデらがメタアナリシスに用いた臨床試験データの中には、質の悪いものが多く含まれていたのだ。

より厳しい基準でデータを精選してやると、試験群と対照群の間に有意な差はなくなった。その後、質のよい臨床試験データが増えるにしたがって、ホメオパシーにはプラセボ効果しかないという結論はますます揺るぎないものとなっている。

それにしても、このエピソードは確証バイアスの怖さをよく物語っていると思う。メタアナリシスからはじかれた質の悪いデータの中には、ホメオパシーに親和的なグループによるものが含まれていたのかもしれない。傍目には客観的に見える臨床試験の手続きのわずかな隙間から、バイアスは忍び込んでくるのだ。

「プラセボ」と「祈り」

さて、ここで一度、プラセボ効果についても触れておこう。気休め程度のもの、と侮ってはいけない。それは我々の想像を超えて、明白な効果を発揮するのだ。今、そのメカニズムを解明すべく、神経科学や脳科学のメスが入りつつある。

"劇的"という形容詞がふさわしいようなプラセボ効果も存在する。例えば、あるパーキンソン病患者は、最新の遺伝子治療の臨床試験でプラセボ群に振り分けられた。にもかかわらず、日常生活も困難だった体の動きが改善し、ろれつが回らなかった口から明瞭な言葉を発するようになったという。

パーキンソン病は、脳内で作られるドーパミンが不足することで起こる。偽薬を投与された場合でも、本物の薬を与えたときと同量のドーパミンが脳内に放出された、という報告もある。こうした神経系の病気には、プラセボ効果が出やすいらしい。

だから当然、痛みにも効く。はたらく物質の正体もつきとめられている。脳内で作られる鎮痛物質、内因性オピオイドだ。だが、より重要なのは「期待」である。前頭前野で「痛みが和らぐ」という期待が生まれると、視床から脳の各部にその信号が伝わり、オピオイドが放出される。つまり、期待することで、実際に薬効成分が脳内で生産されるのだ。

期待しさえすればいいのだから、極端な話、それが偽薬だと知っていても構わないということになる。2010年にアメリカでおこなわれた調査は非常に興味深い。過敏性腸症候群の患者らに、偽薬だと伝えた上でそれを一定期間服用させたところ、何も与えなかった対照群に比べて著しい症状の改善が見られたという。

さらに言うと、偽薬を飲む必要すらない。「祈り」や「信仰」も、「期待」の一種だ。礼拝などの宗教的儀式に定期的に参加することが健康面にプラスにはたらくことを、複数の研究が示唆している。

面白いことに、プラセボ効果は、自分自身の期待だけでなく、「周囲の人々が抱く期待」によっても高められるらしい。同じ信仰をもつ人々が大勢集まったときに現れる陶酔や高揚感、不可思議なパワーの源は、あるいはその辺りにあるのかもしれない。

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