異例の速さで公表
スティーヴン・ホーキング博士の最後の論文が出版された(Journal of High Energy Physics(JHEP)に4月20日に受理され、27日に出版)。
学術専門誌の編集部が論文を受け取ってから、きわめて短期間で世に出た格好だ。通常、物理学の論文は、専門家がじっくりと内容をチェックするならわしだが、今回ばかりは、故ホーキング博士に敬意を表してのスピード審査となった。
この論文は、ベルギーのルーヴェン・カトリック大学のトーマス・ハートグ(Thomas Hertog)教授との共著だ。ハートグはケンブリッジ大学でホーキングの指導のもと、博士号を取得しており、新進気鋭の宇宙論学者である。
論文の題名は「永遠のインフレからのスムーズな脱出?」(A Smooth Exit from Eternal Inflation? )。
……うーむ、和訳が難しいですな。まるで経済が破綻しかかっている国家を救うようなイメージだ。しかし、インフレといっても経済の話ではなく、ビッグバンの頃に宇宙が急激に膨張したことを意味するのだし、永遠という言葉も解説が必要だろう。
「有名宇宙論」への異議申し立て
まず、これまでの宇宙論の定説というか、人気学説として「永遠のインフレーション」というものがあったことを押さえておきたい。
宇宙は開闢直後に急激に膨張したが、やがて収束して星や惑星ができた。それだけなら話が理解しやすいが、実は、広大な宇宙全体としてインフレが止まったわけではなく、まだら模様というか、モザイクというか、フラクタルというか……、ようするに、急膨張が止まったのは、ごくごく一部であり、その他の領域は永遠にインフレが続いているという仮説だ。
お湯を沸かしていると、たくさんの気泡が出てきますよね。あの気泡の部分は、「沸騰が止まった」という意味で、インフレが収束した領域とみなすことができる。宇宙論学者たちは、それを「ポケット宇宙」とよんでいる。われわれの宇宙も、無数に誕生したポケット宇宙の1つにすぎない。
ポケット宇宙という言い方が気に入らなければ、「マルチバース」とよんでくださってもかまわない。宇宙はユニ(=単一)ではなく、マルチ(=たくさん)だったのだ。
だが、この人気学説には大きな弱点があった。
無数のポケット宇宙が、それぞれ異なる物理的な特性をもっていて、重力が強くてブラックホールだらけになったり、重力が弱くて星や惑星が形成されなかったりして、ようするに「なんでもあり」になってしまうのだ。なんでもありでは、物理学的には予測力がない。どんな宇宙でも可能だとしたら、われわれの宇宙も偶然こうなっただけで、「どうして今のような物理法則になったのか」を問うことができなくなってしまう。
もちろん、それが真理なのであれば仕方ないが、ホーキングとハートグは、この人気学説が気にくわなかった。永遠のインフレーション学説、言い換えるとマルチバース学説は、なんでもありなのだから、検証不可能ではないか。それでは科学の学説とはいえないのではないか?
それが、最後の論文の出発点だった。