もし細胞が一軒の家だったら(2)

生命1.0への道 第6回

生命と都市に「隠れた秩序」

以上のようなことをうかがったあとで、僕は木村さんに「もし細胞が1軒の家だとした場合、先生はどのような家をイメージされますか」と尋ねてみた。

すると「もし家だったら、そこに物や人の流れがあるはずです。リビングやキッチンは代謝系かもしれない。寝室は核という気がする――活性化していないというか動きが少なくて、奥にあって、静かで、何かを保管したり、頭を休ませたり、体力を蓄えたりする場所というイメージがある。そして寝室で蓄えたものを、リビングなどで、もっと活動的なことに使う。そういう感じですかね」という答えだった。

なるほどキッチンが代謝系に当たるかもしれないとは、僕も何となく考えていた。洞窟や岩陰、竪穴住居だったら炉のある場所だし、一昔前だったら「竈」のある土間の台所だ。里山から採ってきた薪を竈にくべ、燃やしたあとに残った灰は裏の畑に撒く。そこで育った野菜が竈の炎で調理され食卓に上る。

細胞が取りこんだ物質をミトコンドリアがエネルギーに変換し、細胞外に捨てられた老廃物は、またさまざまな化学反応を経て細胞が利用できる状態に戻される。そういった流れや循環が家(里山や畑を含む)にもありそうだ。よく人が住まなくなると家は荒れると言われるが、流れが絶たれることによって家も「死ぬ」のかもしれない。

一方で寝室が細胞核という答えは予想外だった。僕はどちらかというと押入れとか、納戸のような場所を考えていた。そこには家の設計図や配管図などが、登記簿なんかと一緒にしまってあるかもしれない。

だが考えてみれば、それらを引っぱりだして活用することは、ほとんどなさそうだ。押入れも納戸も、たいていは閉めきられている。それは核のイメージとはちがう。やはり物や人の流れがほしい。その点、寝室は最もプライベートな場所ながら、リビングやキッチンとも一定の行き来がある。

そして、ここからは僕の妄想だが、子供というのは通常、寝室でつくられる(リビングやキッチンでつくる人もいるだろうが少数派だろう)。そして多くの場合、子供は大人になったら家を出て、別の場所に自分の家を構える。これは家が分裂して増えたことになる、と強弁できないこともない……気もするのだがどうだろうか。

木村さんと話していて、ほかにもいくつか細胞と家との共通点に気づいた。

1つは細胞小器官が「小部屋」だとした場合、その仕切りは取り払うことが可能という点である。細胞分裂の際には核も壁代わりの膜が消えて、中の染色体が2つに分けられる。小胞体やゴルジ体なども、いったんバラバラになって、娘細胞へ均等に分配される。家では柱に当たる細胞骨格でさえ、断片化することもある。

第5回で触れた通り、日本の寝殿造りでは間仕切りを移動したり、取り払ったりすることが可能だった。書院造り以降でも、障子や襖を外してしまえば部屋の広さや間取りを、ある程度は変えることができる。細胞には日本の家に似たフレキシビリティがある。

この点、西洋建築だと少し事情が異なってくる。木村さんが影響を受けたという建築家の芦原義信(あしはら・よしのぶ、1918~2003)によれば、西洋ではまず建物を外側から考え、内側のことは二の次にする傾向があるとう。

つまり外から見た形式や様式を重視するのだ。したがって内側はその制約から、必ずしも居心地のいい空間とはならない。また部屋の壁を動かしたり、取り外したりすることもできない。都市全体にしても最初からきちんと計画・設計されており、各建物の高さ(軒高、階高)や道路との境界線(建築線)などが揃えられ、窓まわりなども調和するように規制されていることが多い。

だから美しいのだが、暮らしているぶんには何かと融通がきかなかったり、我慢を強いられたりする面もある。

一方で日本の家は、おおむねバラバラである。外観よりは、むしろ中でどう暮らしたいかを重視する。

日当たりや風通しも重要だ。あとは土地の大きさや形とか、近隣の家との関係で形が決まる。「わが国ではかつて和風建築を建てる時、方眼紙に間取りを書いて大工に渡すと結構な家ができあがった」と芦原は著書『隠れた秩序』の中で述べている。

要するに適当というか、ある意味「いい加減」なのだ。したがって街並みは雑然としてみっともない。きちっとした長期的な都市計画がないまま無秩序に発展してきた東京と、隅々まで計算されつくしたパリとを比べてみれば、美しさにおいてその差は歴然としている(写真4)。

大きさも形も定まらず変化し続ける東京を、芦原は「アメーバ都市」と呼んだ。

写真4 ほぼ同じ高度から見下ろした東京(上)とパリの街並み(Google Earthより)

とはいえ東京の住み心地が悪いわけではない。むしろ適度に自由がきいて、曖昧さを好む日本人には向いている。また災害などで一部が崩壊しても、すぐに復旧できる。歴史的な景観や形式、様式にこだわる必要がないからだ。新陳代謝もしやすい。古くなった建物をあえて維持することや、建て替えるにしても前と同じような姿にすることなど考えなくていい。

もっと機能的で、その時々の必要に合った建物に、どんどん変えてしまえばいいのである。したがって街から活気が失われにくい。

「形こそ乱雑、混乱、無秩序に見えるわが国の大都市は、美的、文化的価値にさえ目をつぶれば、パリなどよりははるかに住みよい」と芦原は述べている。ただし完全なカオスや無秩序ではなく、そこには自然発生的で緩やかな秩序が隠されているという。

木村さんによれば、細胞もまた、1つとして同じ形のものはない。確かに我々の皮膚などを顕微鏡で覗いてみれば、丸いものや細長いもの、五角形や六角形などさまざまで、大きさも極端な差はないがまちまちである(写真5)。雑然としていて、とてもパリ市街のようだとは言えない。むしろ東京の下町だ。

ゲノムがあるとはいえ、決して隅々まで設計されていないことは、ここからもわかる。おそらく一定の空間的な制約下で押し合いへし合いしながら、せいいっぱい自己主張する中で決まっていったのだろう。

細胞の内部にしても、ゲノムには方眼紙に書かれた大雑把な間取りがあるだけで、あとは外からの影響も受けつつ、それぞれの役割に応じて、なし崩し的に定まっていったのかもしれない。細胞、人体、家、街、都市……規模は異なるが形成の仕組みや構造は似ている。いわば「相似形」だ。


写真5 カエルの上皮細胞(©wakui toshio/Nature Production/amanaimages)

実を言うと木村さんは細胞を家に譬えるよりは、都市に譬えるほうが好きらしい。

「細胞は道路(微小管など)が縦横無尽に走っていて、中心街(核)に色々なものが運ばれてきたり、運びだされていったりする都市というイメージでした。あるいは都市(核)と周囲の農村(細胞質)かもしれない」と語る。

物質やエネルギーの流れを重視するなら、そのほうがわかりやすそうだ。しかし家も相似形なので、里山や裏の畑を含めて前に述べた通り、同様なことを表現はできるだろう。この相似形あるいは入れ子のような構造(写真6)が、隠れた秩序かもしれないと芦原は示唆している。

写真6 木村さんの研究室にあるマトリョーシカ人形。「相似形」あるいは「入れ子」の構造は、細胞と家にも通じる
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