「がらくた生命」または「生命0.5」

生命1.0への道 第1回
約46億年前に誕生した地球は、今から約50億年後、赤色巨星化した太陽に飲みこまれるという。つまり我々の惑星は、生涯の半ばにある。一方、そこに誕生した「生命」は、現在40億歳くらいだと言われている。

しかし太陽の明るさが今より10~15%増大する約10億年後、地球の海は干上がり、水蒸気の温室効果で気温は1000℃以上になってしまう。おそらくそこで、この惑星は不毛の世界となる。つまり地球の生命は、晩年にさしかかっているのだ。人間の一生に換算すれば、だいたい80歳くらいと言えよう。

それ故か生命は、我々人類の頭脳をもって、しきりと来し方を振り返るようになった。自分はどこから生まれ、どこへ消えていくのか?

絵・米田​絵理
その探求自体が近年、急速に進化しつつあり、場合によっては自ら生命を創造しかねない勢いだ――そう気づいた筆者も人生半ばをとうに過ぎた。置き去りとならないうちに、どこまでわかったのか、わかりつつあるのかを追いかけてみたい。

海か陸か宇宙か「生命のふるさと」を探す研究の150年

約10年前の2007年3月16日午前11時ごろから午後4時ごろにかけて、僕は太陽光の届かない水深約1500mの海底にいた。沖縄県・石垣島の北北西、約50kmにある海底火山の火口を、海洋研究開発機構の潜水調査船〈しんかい6500〉に乗って訪ねたのである。

その「鳩間海丘(はとまかいきゅう)」と呼ばれる火山の頂上は直径700~800mのカルデラになっていて、あちこちから活発に熱水(温泉)を噴きだしていた(写真1)。潜水調査船の小さな円い窓から、その光景を目の当たりにした時の感動は、おそらく一生忘れないだろう。潜航直後の興奮状態で、僕は次のようなメモを書き残している。

写真1 鳩間海丘の熱水噴出域 写真の上半分には白っぽいゴエモンコシオリエビが、下半分には黒っぽい(実際は褐色に近い)シンカイヒバリガイが群れている(© JAMSTEC)

「初めて目にした熱水噴出孔は投光器によってまばゆく照らしだされ、勢いよく噴きでる熱水はその透明さを際立たせ、無数のシンカイヒバリガイやゴエモンコシオリエビが、チムニー(尖塔状地形)やマウンド(小丘・注1)を赤茶や純白に彩っていた。

それはまるで豪華に飾りつけられた祭壇のようだった。しかし私はその美しさに心を奪われ、祈る言葉は失っていた。

人知れぬ水深1500mにしつらえられた、地球と生命の息吹が横溢する祭壇――科学技術の結晶たる〈しんかい6500〉はその前に跪(ひざまず)き、騒々しい油圧装置を止めて、あらゆる生物の始祖にしばしの黙祷を捧げた」

いささか大仰で恥ずかしいのだが、生々しさや臨場感は伝わってくる気がする。人間の目に比べて見える範囲も奥行きも狭い写真やビデオでは、おそらくこの感動を理解してはもらえないだろう。

さて僕は最後に「あらゆる生物の始祖」という言葉を使っている。これは地球の生命が約40億年前、僕が見たような海底の温泉地帯(熱水噴出域)で誕生したとする説をふまえている。

生命の起源を研究する学者たちの間で、この説は長い間支持されてきた。少なくとも日本では、今でも最有力と言っていいだろう。だが初めからそうだったわけではない。

進化論で有名なチャールズ・ダーウィンは約150年前の1871年、友人の植物学者ジョセフ・フッカーに手紙を書き、生命がさまざまな栄養に富む「小さな暖かい池」で一連の化学反応から生まれた可能性を述べている。

当時としては画期的なアイデアだが、根拠はまったく示していない。とはいえ、おそらくこれは生命起源に関する科学的な考察の嚆矢(こうし)ではないだろうか。

ここで「海」ではなく「池」と表現しているのは注目に値する。つまりダーウィンは生命誕生の場に陸上を想定していたのだ。

旧ソ連の生化学者アレクサンドル・オパーリンは、ダーウィンの影響を受けたロシアの植物生理学者クリメント・チミリャーゼフに学び、生命の起源に進化論的な考えを導入した。

まず原始地球の還元的(注2)な大気の中で無機物から簡単な有機物が生まれ、それらが反応しあって複雑な有機物となり、地球が冷えていく過程で雨とともに地表へと降り注いだ。

そして濃密な「スープ」のような海が誕生したあとは、その中でタンパク質や核酸などの高分子へと有機物の化合が進み、それらが集まって微粒子を形成し、その微粒子がさらに凝集して周囲の水から独立した小さな液滴(コアセルベート:写真2)となった。

細胞の「原形質」とよく似た性質をもつこの液滴が、進化と自然淘汰を経て生命に至った。

「化学進化説」と呼ばれるこの考えをオパーリンが最初に発表したのは1922年だが、1936年にはそれを体系的にまとめた主著『生命の起源』を発表、現在に至るまでこの研究分野に多大な影響を及ぼしている。

写真2 コアセルベート(オパーリン『生命の起源』〔岩波書店〕より)

化学進化説を検証する実験の先駆けとなったのは、あの有名なフラスコの中の放電である。

1953年の『サイエンス』誌に発表された1ページ半程度の論文によると、アメリカ・シカゴ大学の大学院生だったスタンリー・ミラー(写真3)は、指導教官だったノーベル化学賞受賞者ハロルド・ユーリーの考えに基づいて、原始地球の大気と想定されるメタンとアンモニア、水素の混合ガスをまず用意した。これは当時、観測された木星や土星の大気組成をモデルとしている。

この混合ガスを詰めたフラスコには、海を想定した水も入れてあった。これを加熱し、ガスに水蒸気が加わったところで、雷を模擬した火花を散らしたのである。その後、ガスを冷やしてフラスコの中の水に戻るようにした。これは地表に降り注ぐ雨の代わりである。

この循環を1週間にわたって維持したところ、フラスコの中にグリシンやアラニンなどのアミノ酸が生成していることを確認した。つまりオパーリンの考えたシナリオの前半部が妥当なことをこれで確認したわけである。

この段階で生命誕生の場は海である可能性が高くなってきた。

写真3 スタンリー・ミラーと実験装置

ところが、この「ユーリー=ミラーの実験」に潜む大きな問題点が、のちの惑星科学の発達や太陽系探査による知見から明らかになってきた。どうやら原始地球の大気は、オパーリンやミラーたちが考えていたような組成ではなく、二酸化炭素や窒素が主成分らしいとわかってきたのである。

そして、このほぼ中性な気体中で火花を散らしても、有機物はほとんどできないことが実験で証明されていった。

雷の代わりに想定される化学反応のエネルギー源として、太陽からの紫外線や地殻からの放射線、火山熱なども考えられるが、これらを用いても、非還元的な大気では有機物ができにくい。宇宙線を想定して陽子線を当ててみればできるのだが、原始地球に降り注いだ宇宙線の量は、さほど多くなかった可能性がある。

さて困った。化学進化説の検証は、振りだしに戻ってしまったのである。

注1)チムニーは熱水に含まれる鉱物などが沈殿してできた煙突のような岩ないしは構造物で、大きなものでは高さ数十メートルにも達する。これが倒れて積み重なっていくと、小さな丘(マウンド)ができる。

注2) 物質の「酸化」と「還元」はセットの概念で、正確さを犠牲にしつつ単純化して言うと「酸素がつけば酸化」、「酸素が外れれば還元」となる。つまり還元的な環境とは、酸素の外れた物質の多い環境である。有機物は還元的な物質なので、還元的な環境では生成しやすいが、酸素のついた物質の多い酸化的な環境では生成しにくいと考えられる。

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