2024.07.13
# 経済 # 社会

意外と知らない、なぜ日本は「安すぎて質の高いサービス」だらけなのか「根本原因」

年収は300万円以下、本当に稼ぐべきは月10万円、50代で仕事の意義を見失う、60代管理職はごく少数、70歳男性の就業率は45%――。

10万部突破のベストセラー『ほんとうの定年後』では、多数の統計データや事例から知られざる「定年後の実態」を明らかにしている。

無理のない仕事と豊かな消費生活との両立を

資本主義社会においては、激しい企業間競争のもとで、財やサービスの質を改善していこうとしのぎを削ることは当然であり、それ自体は否定されるべきものではない。しかし、それと同時に、市場における競争が行きすぎたものになっていないかどうかについて、私たちは常に目を光らせておかなければならないのではないか。

日本の過剰ともいえるサービス品質は、一人ひとりの労働者の献身によって成立している。日本に住む消費者にとって、ECサイトで注文した商品が翌日に手元に届くことは既に当たり前となっている。また、頼んだ時間に商品が正確に送り届けられることも、不在であっても追加料金なしに何度も足を運んでもらえることも、日本では当たり前のことである。しかし、こうした過度に便利なサービスの陰には、働き手の絶え間ない努力が存在する。

飲食店や小売店、宿泊施設において、消費者がサービスの品質について苦情一つ言えば、従業員はその苦情に懇切丁寧に対応してくれる。このようなサービスについても、その裏で消費者の過度な要望に心を痛めている労働者が必ずいる。

こうした状況を顧みたとき、日本社会は小さな仕事で働き続ける人たちに対して、あまりにも冷たい社会なのではないかと私は感じるのである。また、このような消費者偏重の市場メカニズムが、働き続けるよりも、引退して純粋消費者になるほうが得をする社会を形成させてしまっているのではないだろうか。

日本社会が生涯現役社会を志向するのであれば、一人ひとりの労働者を大切にする労働環境を構築していくことが何よりも大切である。そして、一つひとつの小さな仕事が人々の生活を豊かにしているという事実に、私たち一人ひとりが自覚的でいなければならない。

さらに言えば、いつでもどこでも便利で安価なサービスを受けたいと考える消費者の欲望に向き合い、これからの労働供給制約社会において本当に必要なサービスとは何かを真剣に考える時が来ているのではないか。少子高齢化が進むなかで労働に頼りすぎない生活スタイルを浸透させていくことが、日本社会の今後の重要な課題となってくるのである。

自宅まで届けることが当たり前となっている宅配サービスについて、こうした高水準のサービスも適切な価格設定の下で選択肢として残すことは良しとしても、通常の価格設定においては集配所まで取りに行くような消費者側の歩み寄りがあってもよいのではないか。外食に行った際、大衆店であれば、下げ膳や上げ膳など自身でできることは客側が行っても良いのではないか。

また、街中で見かける警備員の方々はもれなく立哨での警備を余儀なくされている。警備業は人々の安全を守る大切な仕事である。そして、警備員とすれば雨の日も雪の日も長時間立ち続けて業務を行うことは簡単なことではない。しかし、警備の仕事というものは、本当にすべての現場で常時立哨での仕事をする必要があるものだろうか。働き手のことを社会が本当に親身に考えているのであれば、座哨を組み入れた警備ができないということは、私はないと思う。

雇用を生むことがすばらしいことだという考え方、また受け取る対価にかかわらず顧客のためには最善を尽くさなければならないという考え方、こうした考え方は時代の変化に応じて変わっていく必要がある。そして、これからの日本社会においては、働き手による無理のない仕事と豊かな消費生活をどう両立させるかを考えていかなければならない。

働き手にやさしい労働環境を整えて初めて、歳を取ってまで働きたくないと考えている人たちを労働市場に呼び戻すことができる。働くことへのインセンティブを高めることでより多くの労働参加を促し、多数の人による無理のない仕事によって、各地域で適切な質のサービスが行き届くようになる。こうした姿が生涯現役時代において目指すべき日本経済のあり方なのである。

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