2024.07.12
# 経済 # 社会

なぜ日本の「賃金上昇率」はもっと加速しないのか

いびつな労働市場の正体

年収は300万円以下、本当に稼ぐべきは月10万円、50代で仕事の意義を見失う、60代管理職はごく少数、70歳男性の就業率は45%――。

10万部突破のベストセラー『ほんとうの定年後』では、多数の統計データや事例から知られざる「定年後の実態」を明らかにしている。

ひっ迫した需給が仕事の質を高める

労働市場で良質な仕事を増やしていくためにはどうすればいいか。そのためには、市場メカニズムを適切に発露させることが何より大切である。

深刻な人手不足に陥ったとき、企業はどう行動するか。

賃金水準を引き上げて仕事の魅力を高めなければ、廃業の憂き目にあってしまう。また、企業が安定した経営を営むためには、働きやすい労働環境を整え、従業員の離職を防ぐ必要がある。人手不足になれば、企業は生き残るためにも従業員の労働条件を改善せざるを得なくなるというのが市場経済の掟である。

労働市場がひっ迫している現代においては、労働者に希少価値がある。そうした状況下で市場原理が適切に働いていれば、賃金は上がり、労働条件も改善することで、質の高い仕事が必然的に増えていくはずなのである。

実際に、その兆候は見えている。厚生労働省「毎月勤労統計調査」から短時間労働者の時給水準を算出すると、近年一貫して上昇している(図表3-2)。働き方に目を転じてみても、労働時間が減少し、有給休暇の日数も増加するなど、人々の労働条件は日々改善している。

現代の労働社会が進んでいるこうした方向性に大きな間違いはない。しかし同時に、そのスピード感はなんとも心もとないものである。賃金の上昇率はなぜもっと加速しないのか。労働環境はなぜもっとよくならないのか。それは、質が高い仕事の浸透を妨げる環境があるからにほかならない。

その筆頭に挙げられるのは、外国人労働者に関する施策である。

近年、外国人労働者の受け入れに関する規制緩和が相次いで行われている。なぜ政府が外国人労働者の受け入れにここまで前のめりになっているのかといえば、それは深刻な人手不足に直面する企業からの強い政治的要請があるからである。

労働市場は年々ひっ迫度を強めており、経営体力が弱い企業はどんどん人を取れなくなってきて、人手を確保しようにも、求職者に対して高い賃金を提示することもできない。結局、事業を存続させるためには、安い賃金で働いてくれる外国人労働者の導入に活路を見出さざるを得なくなっている。

しかし、経営が厳しい企業を救うために安価な労働力を認めるという考え方は、非常に危険である。人が取れないのであれば、経営改善を行い、より良い労働条件を提示することができるように努めることが筋だ。時代に合わせた経営改革を行わず、質の低い労働力に頼る企業があるのだとすれば、こうした環境に甘んじようとする企業は淘汰されて然るべきである。

これは、きつくて給与が低い仕事に従事させられる外国人労働者がかわいそうだからというだけでは済まされない。日本社会がこうした働き方を認めることが、賃金など労働条件を改善しようとする企業の努力を抑制させてしまうことにもつながるのである。ゾンビ企業を延命するために海外から安い労働力を移入させようとする政策で日本の労働市場が良くなることは、決してない。

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