2024.07.02

東から見ればオリエントと古代ローマは続いている。中国と地中海が文明の「二大源流」だ。

「地中海世界の歴史」本村凌二氏に聞く(前編)

4月に刊行が始まった「地中海世界の歴史」(全8巻)が好調だ。講談社選書メチエの創刊30周年を記念する特別企画で、メソポタミア・エジプトの文明の誕生から、ローマ帝国の崩壊まで、4000年の文明史を一人の歴史家の視点で描く意欲作。まもなく第3巻が刊行されるこのシリーズの著者、本村凌二氏(東京大学名誉教授)が語る「古代文明への新視点」とは。

歴史の新しい見方、「地中海文明」

――「地中海世界」とは、つまり、どういったエリアことなのですか?

本村 地中海世界といっても、たんに地中海に面した沿岸地域のことだけを言っているわけではありません。メソポタミアやエジプトに起こったオリエント文明から、ペルシア帝国、古代ギリシアを経て、ローマ帝国の成立と崩壊にいたる歴史の舞台を「地中海世界」と呼んでいます。

ですから、地中海を取り囲んで、東はペルシアの勢力がおよんだ現在のイランやアフガニスタン、北はローマ帝国の北限であるイギリスのブリテン島にまでおよびます。

ローマ帝国の北限、イギリスのハドリアヌスの長城。本村凌二氏撮影

――ずいぶん広い範囲になりますが、それは歴史の新しい見方なのでしょうか。

本村 以前は、地中海世界というと、おもに古代ギリシア・ローマのことを指していました。

たとえば、私の恩師の弓削達先生が1973年に著した『地中海世界』(現在は講談社学術文庫)は、私も何度も愛読し、今も読まれるべき名著ですが、この当時はまだ「ギリシア・ローマを一貫した歴史として追究すること」が新しかったのです。そこでは、エジプトもメソポタミアも含んでいません。

しかし、ギリシア文化へのエジプトやシリア・パレスティナの影響を論じたマーティン・バナールの『ブラック・アテナ』が1987年に発表されると、歴史学者の間で大きな論争が起こり、20世紀末以降は、ギリシア・ローマ文明とオリエント文明の関係に研究者の目が向けられるようになりました。メソポタミアから古代ローマまで、約4000年の間にはさまざまな文明が興亡を繰り返すわけですが、それを総称して「地中海文明」、その歴史的空間を「地中海世界」というわけです。

ギリシア・ローマをオリエントと切り離して考えるのは、古代ギリシアを自らの祖先と考えるヨーロッパ人の、願望も含んだ捉え方なので、私たちユーラシアの東の人間がそこにこだわる必要はないわけです。むしろ東側から素直に見れば、オリエント文明とギリシア・ローマはつながっているんじゃないでしょうか。

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