基本調味料の「酢」「醤油」「味噌」はもちろん、「漬け物」「納豆」「鰹節」「清酒」さらには「旨味調味料」も……。微生物を巧みに使いこなし、豊かな発酵文化を築いた日本。室町時代にはすでに麴(こうじ)を造る「種麴屋」が存在し、職人技として発酵の技術は受け継がれてきた。
じつは、科学の視点から現代の技術で解析を進めるにつれて、そのさまざまな製造工程がいかに理にかなったものであるか、次々に明らかになっている。発酵食品を生み出した人々の英知に改めて畏敬の念を覚えつつ、このような発酵食品について科学的な側面から可能な限り簡明に解説していこう。
今回は、酢を調理に利用したときの、その効果を解説しよう。
*本記事は、『日本の伝統 発酵の科学 微生物が生み出す「旨さ」の秘密』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
酢の主成分「酢酸」と、調味料である「食酢」
人類は有史以前から酒を造ってきた。入手できるブドウや穀物から酒を醸して酔い痴れるとともに、より美味しい酒を造るために膨大な時間と労力を費やしてきたが、せっかく造った酒がいつの間にか酸っぱくなって飲めなくなることも珍しくなかったはずだ。
やがて、酸っぱくなった酒には食物が腐るのを防ぐ効果があり、調味料としても使えることに気がついたことだろう。食酢は英語でビネガー(vinegar)というが、語源は「酸っぱいワイン」であり、食酢が古くなったワインから生まれたことを示している。
これは、酒に含まれるアルコールが、酢酸菌の働きによって酢酸に変化したためである。食酢は酢酸を主成分とした酸性の調味料であり、市販の食酢には酢酸が4〜5%含まれている。
食酢は食塩とともに最も古くから人類に利用されてきた調味料と考えられる。紀元前5000年のバビロニアの記録には醸造酢(ビネガー)が記され、紀元前3000年頃には商業生産も行われていたとされる。
日本には、4世紀頃に酒の醸造法とともに食酢の醸造法が伝来している。当時は辛酒(からざけ)とよばれ、酒の一種として宮廷料理などに用いられていたが、量産されて庶民の間で食酢が使われるようになったのは江戸時代である。歳時記によると「酢造る」は晩夏の季語であり、冬期に造られた酒を原料にして、酢酸菌が好む夏の気候の中で食酢が造られていたことが分かる。