基本調味料の「酢」「醤油」「味噌」はもちろん、「漬け物」「納豆」「鰹節」「清酒」さらには「旨味調味料」も……。微生物を巧みに使いこなし、豊かな発酵文化を築いた日本。室町時代にはすでに麴(こうじ)を造る「種麴屋」が存在し、職人技として発酵の技術は受け継がれてきた。
じつは、科学の視点から現代の技術で解析を進めるにつれて、そのさまざまな製造工程がいかに理にかなったものであるか、次々に明らかになっている。発酵食品を生み出した人々の英知に改めて畏敬の念を覚えつつ、このような発酵食品について科学的な側面から可能な限り簡明に解説していこう。
今回は、健康に良いと言われている「酢」について、本当のところはどうなのか、その実力を検証していこう。
*本記事は、『日本の伝統 発酵の科学 微生物が生み出す「旨さ」の秘密』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
酢は本当に健康にいいのか
食酢は健康食品というイメージはかなり定着しているが、実際のところはどうなのだろうか。
食酢とは、日本農林規格(JAS)では、「醸造酢」は「酢酸発酵させた液体調味料であって、氷酢酸や酢酸を使用しないもの」と定義されている。
化学合成された氷酢酸を混合した食酢は「合成酢」となるが、現在では製造販売される食酢のほとんどが醸造酢である。
コレステロール値を下げる効果がある
血液検査を受けると、総コレステロール、LDLコレステロール、HDLコレステロールなど、さまざまな数値が報告されてくる。
コレステロール(C27H46O)は主として肝臓で合成されるステロイド系の有機化合物であり、動物の生体膜構成成分として重要な役割を果たしている。炭素原子と水素原子が多いので脂質のような性質を示し、血液中では脂の塊を形成することを防ぐために、リポタンパク質とよばれるタンパク質に結合して運ばれる。
コレステロールは比重が低いので、コレステロールがたくさん結合したリポタンパク質は低比重リポタンパク質(LDL)とよばれる一方で、コレステロールが少ないリポタンパク質は高比重リポタンパク質(HDL)とよばれる。すなわち、悪玉コレステロールとよばれるLDLは、組織に積荷のコレステロールを配って歩くリポタンパク質であり、善玉コレステロールとよばれるHDLは、血管内皮などに付着したコレステロールを回収するリポタンパク質である。
血中コレステロール値が高い状態が続くと血管内皮に脂質が沈着し、やがて心臓の冠動脈が詰まって狭心症の発作や心筋梗塞を起こすことになる。とくに、LDLコレステロール値が140mg/dLを超えると高LDLコレステロール血症の診断基準を満たすことになる。
高LDLコレステロール血症と診断されると、禁煙指導と食餌療法が行われ、それでもダメなら薬物療法が実施される。酢酸(食酢)の摂取が血中コレステロール値を低減する効果は古くから知られており、動物実験により脂質代謝を亢進するためと考えられている。
大規模なヒト試験でも有効性が確認されていることから、食酢に血中コレステロール値を下げる効果はたしかにあると考えられる。
ただし、この効果は相当長い期間の後に徐々に現れるものなので、辛抱強い体質改善の努力が必要であり、コレステロール値の低下レベルもそれほど大きくないことから、過信は禁物だろう。