基本調味料の「酢」「醤油」「味噌」はもちろん、「漬け物」「納豆」「鰹節」「清酒」さらには「旨味調味料」も……。微生物を巧みに使いこなし、豊かな発酵文化を築いた日本。室町時代にはすでに麹(こうじ)を造る「種麹屋」が存在し、職人技として発酵の技術は受け継がれてきた。
じつは、科学の視点から現代の技術で解析を進めるにつれて、そのさまざまな製造工程がいかに理にかなったものであるか、次々に明らかになっている。発酵食品を生み出した人々の英知に改めて畏敬の念を覚えつつ、このような発酵食品について科学的な側面から可能な限り簡明に解説していこう。
今回は、タンパク質、とくに消化の良くない豆類のタンパク質の効率的な摂取を助ける、という発酵のもうひとつの意義を見ていこう。
*本記事は、『日本の伝統 発酵の科学 微生物が生み出す「旨さ」の秘密』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
副食物で、タンパク質を摂る必要がある
人間に必要な三大栄養素は炭水化物、脂質、タンパク質である。穀類と芋類はデンプンに富むので主食により炭水化物は確保できる。
ゴマや菜種、オリーブなど、炭水化物を油などの脂質に変換して種子に貯蔵する植物もあるし、ヒトは炭水化物を体内で脂質に変換できるので、脂質も確保できる。
残念ながら穀類や芋類にはタンパク質がわずかしか含まれていないので、人類はタンパク質を確保するための副食物が必要である。
古来より、海辺や湖畔に住む人々は魚を獲ってタンパク源としてきた。野生動物が豊富な地域の人々は、狩りをして野生動物や鳥を捕まえた。草原に住む人々は家畜を飼って、その乳と肉に頼ってきた。では、農村に住む人々はどうやってタンパク質を確保してきたのだろうか。
タンパク質に富むものの、栄養阻害物質を持つ豆類
豆類の根の組織の中に棲む根粒(こんりゅう)菌とよばれる細菌は、空気中の窒素ガスをアンモニアなどの植物に利用できる窒素分に変換することができる。根粒菌は窒素分を宿主の植物に供給する代わりに、植物から炭水化物をもらって生育しているので、双方に利益がある相利共生の関係にある。
豆類は根粒菌のおかげで確保した窒素分を用いていくらでもタンパク質を生産することができる。そのため、豆類は炭水化物の代わりにタンパク質を貯め込んで種子を作る。
いつの頃からか、人類は肉を食べなくても豆を食べれば栄養失調にならないことに気がついたのだろう。
ただし、豆にはプロテアーゼインヒビターとよばれる栄養阻害物質が含まれているので、生で食べると必ず消化不良を起こす。この物質は加熱により失活するので、豆類は必ず火を通して食べなければならないが、これも辛い経験から得られた教訓によって習慣化したことだろう。
豆類の中では世界的に大豆の生産量が圧倒的である。日本では大豆の生産量は年間22万トン程度だが、それでは足りないので米国などから毎年300万トン程度輸入している。