生きものについて知ることは、自分自身を知ることであり、私たちを取り巻く生きものや環境の成り立ちやかかわりあいを知ることといえます。ところが、世の中では「生物学は面白くない」と思っている人が、意外に多いようです。身近なテーマなのに、難しい専門用語が散りばめられた解説は、生物学という世界を疎遠にしてしまっているのかもしれません。
新型コロナウイルスCOVID-19はじめとした感染症の拡大、原発事故による拡散した放射性物質の挙動、地球温暖化、遺伝子組み換えによる作物や臓器提供のための動物など、現代の主要なトピックの多くが生物学と密接に関係しており、まさに現代人にとって必須の教養といえます。
そこで、生物学の基本から最新の話題まで、網羅的に解説した入門書『大人のための生物学の教科書』から、興味深いテーマ、読みどころをご紹介していきたいと思います。今回は、前回の記事で取り上げたエントロピーの問題から、生体の内外を分ける「膜(生体膜)」に話が進みます。
※本記事は『大人のための生物学の教科書 最新の知識を本質的に理解する』を一部再編集の上、お送りいたします。
「頭が良くなる」で有名になったEPAやDHA。哺乳類でも持っている動物がいる
ところで真冬でも冬眠することなく活動しているトナカイ(アイヌ語です)の肢などは、当然かなり冷たくなっているだろう。その場合、生体膜の流動性はどうなっているのだろうか?
ある調査によると、冬のトナカイの肢は下に下がるにつれ脂肪酸の組成が変わるらしい。すなわち肢の先に近いところでは植物油的な脂肪酸になっているというから驚きである。
またかつて、グリーンランドのイヌイット族の健康調査が行われたことがある。冬はまったく野菜を口にすることなくアザラシなどの肉だけを食べているので、おそらく血管障害(心筋梗塞や脳梗塞)が多いのだろうという予想で調査したところ、これらの罹患者がほとんどいないという結果が出たという。
調べた結果、何とアザラシは哺乳類なのに冬をしのぐためにEPAやDHAをもっていたのである。したがってそれを食べているイヌイットの人々も健康を維持できているということだ。進化とはじつにすごいものであり、それを利用する人類もまたすごいものである。
半透性とは何か
赤血球を水に入れると破裂してしまう「溶血」という現象がある。これは、赤血球の細胞膜に半透性という性質があるためである。
およそすべての膜には何らかの穴があり、その穴の大きさで全透性、半透性、不透性と分けることができる。
たとえば水の分子量は18であり、ショ糖の分子量はその20倍近い342である。穴の大きさがこの中間ぐらいであると水は通すがショ糖は通さないわけで、このような膜を半透膜という。