コンテンツにスキップ

ピエトロ・パオロ・ビルディス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ピエトロ・パオロ・ビルディス
名前
ラテン文字 Pietro Paolo Virdis
基本情報
国籍 イタリアの旗 イタリア
生年月日 (1957-06-26) 1957年6月26日(67歳)
出身地 サルデーニャの旗 サルデーニャ州サッサリ県サッサリ
身長 182cm
選手情報
在籍チーム 引退
ポジション FW
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1973-1974 イタリアの旗 ASヌーオレーゼ・カルチョ 25 (11)
1974-1977 イタリアの旗 カリアリ・カルチョ 75 (24)
1977-1980 イタリアの旗 ユヴェントスFC 45 (8)
1980-1981 イタリアの旗 カリアリ・カルチョ 22 (5)
1981-1982 イタリアの旗 ユヴェントスFC 30 (9)
1982-1984 イタリアの旗 ウディネーゼ・カルチョ 45 (12)
1984-1989 イタリアの旗 ACミラン 135 (53)
1989-1991 イタリアの旗 USレッチェ 46 (8)
代表歴
1976-1978 イタリアの旗 イタリアU-21 8 (1)
1987-1988 イタリアの旗 イタリア五輪 15 (10[1])
監督歴
1998-1999 イタリアの旗 USDアトレティコ・カターニャ
2001 イタリアの旗 ヴィテルベーゼ
2002 イタリアの旗 ASGノチェリーナ
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

ピエトロ・パオロ・ビルディスPietro Paolo Virdis1957年6月26日 - )は、イタリア出身の元サッカー選手、指導者。ポジションはFW。セリエAの舞台で、通算100得点以上を決めながら、イタリア代表経験が1度も無い、唯一の選手である[1]

選手歴

[編集]

当時セリエBのカリアリ・カルチョで頭角を現し、1977年にユヴェントスFCへ移籍、1980-81シーズンに1度、そのカリアリへとレンタルされた[1]。1981-82シーズンにユヴェントスに複帰、年間37試合で12得点と活躍を見せ、2度目のリーグ優勝を果たした[1]。しかし、パオロ・ロッシが新シーズンから複帰するなどの理由から、翌1982-83シーズン、ウディネーゼ・カルチョへと放出された[1]。ウディネーゼでの2シーズン目、ジーコフランコ・カウジオとのトリデンテで攻撃陣をリードし、キャリアで初めての二桁得点を決めた[1]

その後、1984-85シーズンから、ACミランに5期在籍し、186試合76ゴール29アシストの通算成績で[1]、同クラブの殿堂入りをしている[2]。1984年にニルス・リードホルム監督が獲得を希望し、ミランへ移籍した[1]。1984-85シーズン、公式戦トータルで40試合で13ゴールを挙げた[1]。1985-86シーズンは、公式戦43試合に出場し、16得点[1]。1986–87シーズンには、17得点をあげてイタリアリーグの得点王となった[3]。このシーズンの、1987年5月3日のASローマ戦でハットトリックを決めた[1]

1987-88シーズン、マルコ・ファン・バステンが怪我で離脱する中、FWの軸として11ゴールを決め、リーグ優勝に貢献した[1][4]。1988-89シーズンには、リーグ戦で3期連続の二桁得点を決めた。チャンピオンズリーグの前身であるチャンピオンズカップでは6試合で3得点を決め、優勝に大きな貢献をした[2]

その後、セリエAのレッチェで2シーズンプレーし、引退した。

多くのゴールを決めながらも、イタリアフル代表に召集されたことはないが、イタリアU-21、イタリア五輪代表としてプレー、1988年のソウル五輪で3得点を決めるなど、五輪代表では、通算15試合で10得点[1]

脚注

[編集]
  1. ^ a b c d e f g h i j k l m Pietro Paolo Virdis, 'il bomber di Sindia': dal Cagliari a campione d'Europa col Milan di Sacchi”. GOAL (2022年1月26日). 2023年8月15日閲覧。
  2. ^ a b virdis Milan HOF”. AC.Milan.com. March 4 2018閲覧。
  3. ^ Italy - Serie A Top Scorers”. RSSSF (11 June 2015). 2 December 2015閲覧。
  4. ^ Milan '88: The inside story of Sacchi's all-conquering kings, as told by them”. FFT. 2023年8月15日閲覧。

外部リンク

[編集]