1000年前の巨大津波
日本列島近海の海溝を震源とする「海溝型地震」のなかでは、南海トラフと千島列島沖が最も危ないといわれている。政府の地震調査研究推進本部が発表した最新の長期評価によれば、南海トラフ地震が起こる確率は今後40年間で90%だ。
このような地震の発生確率は、どのようにして計算されているのだろうか?
当該地域で過去に起きた地震の履歴を調査し、巨大地震の発生サイクルを割り出す。なにごとも、過去を知らなければ未来はわからない。難しいのは、いかに巨大地震といえども、数百年前となると確かな記録が残っていないということだ。
しかし、「記録が残っていない=地震がなかった」では、もちろんない。
2021年、千葉県東部の九十九里浜で、約1000年前に巨大津波を引き起こした地震が発生していたとする論文が報告された。
歴史記録上は存在しない、未知の地震だ。「津波の痕跡」を調査することで、その存在をあぶり出したのだという。その方法とはいったいどのようなものなのか?
ブルーバックス探検隊はこのほど、論文を執筆した産業技術総合研究所・海溝型地震履歴研究グループの澤井祐紀さんと行谷(なめがや)佑一さんを訪ねてみた。
鎌倉幕府の開闢以前
1000年前といえば、平安時代の末期にあたる。大河ドラマ「鎌倉殿の13人」でも注目を集める源頼朝が、鎌倉に幕府を開く前の話だ。
当時の日本の中心だった京の都から見ると、関東は田舎の外れだったことだろう。そんな時代に、九十九里浜で起こった地震の克明な歴史記録が残っているとは考えにくい。
──その当時の地震は、いったいどのようなものだったのでしょう?
「九十九里で津波による堆積物を調査した結果、推定でマグニチュード8クラスの巨大地震が、房総半島の太平洋側で起きたのだろうという結論にいたりました。当時の九十九里浜の海岸から1km以上の内陸にまで、津波が到達したと見積もっています」
海溝型地震履歴研究グループの上級主任研究員を務める澤井さんがそう説明してくれた。
九十九里浜は東日本大震災のときも津波による浸水はあったが、おもに調査をおこなった山武市の周辺では1kmを超える内陸に厚い津波堆積物を残すことはなかった。
「九十九里浜の沖に、津波の発生源があったと考えられます」(澤井さん)