折り紙は日本のお家芸です。遊びであり、アートであり、そして自動車や人工衛星の部品などに応用される技術でもあります。今や世界中の人々が「ORIGAMI」と呼んで親しんでいます。
最近、何と「DNAオリガミ」なるものが誕生しました。紙ではなく、私たちの細胞にもあるDNA(デオキシリボ核酸)を使って、平面から立体、さらには動くものまで、様々な構造物をつくれる技術です。
これは医療や環境分野への応用が進められている一方、タンパク質や脂質など他の有機物を使った構造物と組み合わせて、ナノサイズの「分子ロボット」や「ケミカルAI(化学人工知能)」をつくる研究も始められています。詳しくは本連載〈脳に迫る「化学人工知能」の夜明け〉の第1回と第2回を参照してください。
今回は、そのDNAオリガミが発展した約30年後の未来を妄想してみました。物語形式で書いてありますので、気楽に読んでみてください。最後にプレゼントが当たるアンケートもあります。
なお、この物語に出てくる人物や組織などは全て架空で、実在する人物や組織とは無関係です。また書かれている内容は全て著者の想像であり、特定の研究者や研究機関の見解や予想に基づくものではありません。
小学校4年生で、もうすぐ10歳になる毛見刈愛(けみかる・あい)さんには、気がかりなことが二つあります。一つは最近、自宅の部屋に「妖精」が出没することです。必ずしも、おとぎ話を信じているわけではないのですが、ある非常に小さな場所に限って、見慣れない何かの姿を目にすることがあるのです。ただの錯覚か、見まちがいかもしれません。でも一度や二度ではないのです。
もう一つは3日後に迫ったバースデー・パーティです。といっても4、5人の親しい友達が、遊びに来てくれるだけです。ただ誰かと直に顔を合わせて、心ゆくまでおしゃべりに興じる機会は、このところめったにありません。それが、もしかしたらオンラインになってしまうかもしれないのです。
2051年の今、毎年のように世界中のどこかで新たな感染症が発生し、それが急速に変異しながら広まっていくのが当たり前になっています。
愛さんも含めて多くの人々は「体内医療システム(In-Body Medical System)」、通称「ナノドクターズ」で、それに対抗しています。いつも体の中を無数の小さな(1ミリの1万分の1くらいの)「お医者さん」が巡回していて、病気にかかったり機能の低下した場所を見つけると、すぐに診断や治療をしてくれるのです。
お医者さんといっても、もちろん人間ではありません。DNA(デオキシリボ核酸)を金属やプラスチックの代わりにしてつくった、一種のロボットです。私たちの細胞にあるDNAは遺伝情報の書かれた設計図みたいなものですが、同じ物質を丸太のように組み合わせて、ロボットを含めた様々な構造物をつくることができるのです。この技術は「DNAオリガミ」と呼ばれ、2000年代の初めごろから発展し続けています。
普通の病院には内科や外科をはじめ様々な専門のお医者さんがいます。ナノドクターズも1種類のロボットだけではなく、ウイルスや病原菌などを発見して、それを排除するように免疫を働かせたり、がんにかかってしまった細胞を、個別に治療する薬を運んだり、場合によっては、その場で薬をつくってくれたりするロボットなどがチームを組んでいます。おかげで新たな感染症でも、ほとんどの場合は対処できます。
一方で、もともと人間の体にもあるDNAが材料のロボットですから、それ自体が害を及ぼすことは、まずありません。また一定時間が経てば、古いロボットから溶けて消えてしまうようにできています。そして時々、より新しく安全なロボットを補っていくのです(注射じゃありません、カプセルに入ったものを飲むだけでOKです)。
とはいえ、病院へ行っても治らない病気や怪我があるように、ナノドクターズも完璧ではありません。新しい感染症や変異した感染症が、今のナノドクターズで防げるとはっきりわかるまでは、やはり疫学的な対策が必要になります。
5日前、日本を訪れていた外国人観光客から、新しい病原性ウイルスが発見されました。これが大きな問題にならないか、現在、政府の専門機関で確認中です。大丈夫とわかるまでは、対面で人と会うことが制限されます。学校の授業は日常的に半分はオンラインですが、今週は全部オンラインになっています。部活は停止され、3人以上で家族以外の人と会うのは禁止です。
このような処置があと3日以内に解除されなければ、愛さんのバースデー・パーティーも中止か、オンラインになってしまうわけです。
「あー、気が滅入るから、オリガミでもしようかな」
愛さんは正方形の紙を出す代わりに「DNAナノオリガミ・アセンブラー(DNA Nano-origami Assembler)」、略して「Dノア(DNoA)」を立ち上げました。本体は小さな冷蔵庫くらいの大きさで、タブレット型端末から操作できます。一般の人でもDNAオリガミの設計から作製までを、1台でできる装置なのです。