転がるDNA、回るDNA、歩くDNA

「オリガミ」の上で分子を操る

動く折り紙と「オリガミ」

紙は多くの場合、文字や図を記すのに使われます。でも日本人は、それを折ることによって、様々な造形物へと変化させてきました。中には「羽ばたく鶴(パタパタ鶴)」のように、動かせる折り紙もあります。そうした手法は、宇宙で自動的に展開する太陽電池パネルなどに生かされています。

DNA(デオキシリボ核酸)もまた、数十億年の間、もっぱら遺伝情報を記す媒体として使われてきました。しかし今世紀に入って、DNAを「折る」ことにより、様々な構造物をつくる技術が誕生しました。これは「DNAオリガミ」と呼ばれます。その中には、やっぱり動かせるオリガミもあるのです。

DNAオリガミは、それ自体で医療分野などでの応用が考えられています。一方で、タンパク質や脂質など他の有機物を使った構造物と合わせて、ナノサイズの「分子ロボット」や「ケミカルAI(化学人工知能)」をつくる研究も始まっています。DNAオリガミは、そうしたロボットやAIのボディ(筐体)またはフレーム(骨格)に使えますが、動くものならアクチュエータ(駆動装置)にもなるでしょう。

金属や半導体などではなく、私たちの体と同じ物質でできた分子ロボットやケミカルAIは、脳の仕組みや、人間のような知性を生みだす方法について、多くの知見をもたらしてくれるかもしれません。

【写真】羽ばたく鶴の折り紙羽ばたく鶴の折り紙 photo by Shingo Fujisaki

さて、折り紙の「羽ばたく鶴」は手で動かします。尻尾の部分を引っぱると翼を振り下ろし、戻すと上げるのです。DNAオリガミでつくったものは、どのように動かせばいいのでしょう? もちろん太さが髪の毛の5万分の1くらいしかないDNAを、手でつまむわけにはいきません。

それを説明する前に、DNAオリガミはどのようにつくられるのか、簡単に振り返っておきましょう。詳しくは本連載の第1回を参照してください。

ナノサイズの「電子掲示板」

DNAはたたいて延ばしても、紙のようにはなりません。そこで丸太を組んだ「いかだ」のようにするのが、DNAオリガミの基本です。つまり二重らせんになったDNA(二本鎖DNA)を丸太に見立てて、それを何本も隙間なく並べ、板状に固定したような状態にするわけです。

この「DNAいかだ」には、2種類の一本鎖DNAが使われています。一つは輪っかになった長いDNA、もう一つは直線状の短いDNAで、前者を「スキャッフォルド(足場)」、後者を「ステープル(留め金)」と呼びます。

スキャッフォルドをジグザグに折り畳み、必要な部分をステープルで束ねると、見た目は丸太を並べた「いかだ」に近くなります。折り畳む幅を一定にすれば四角くなり、細かく変えていけば、台形や六角形、星形などにすることもできます。

【図・写真】DNAオリガミの模式図と原子間力顕微鏡(AFM)で観察した写真DNAを折り畳んで「いかだ」のようにした状態の模式図(上)と、実際につくられたDNAオリガミの模式図(中)、それらを原子間力顕微鏡(AFM)で観察した写真(下) figure, photo by Msayuki Endo 拡大画像はこちら

スキャッフォルドをステープルで束ねられるのは、どうしてでしょう?

DNAは「A(アデニン)」「T(チミン)」「G(グアニン)」「C(シトシン)」という4種類の核酸塩基からできています。これらが文字の代わりになって、遺伝情報を記録しているわけです。そして一本鎖から二本鎖になる時には、「A」と「T」そして「G」と「C」が必ずペアになってくっつきます。このペアを「塩基対」と言います。「A−G」「A−C」や「T−G」「T−C」といった組み合わせは、ありません。

この「相補性」と呼ばれる性質を利用すると、スキャッフォルドの特定の場所を、特定のステープルで束ねられます。例えばスキャッフォルドの離れた2ヵ所に「TAAC」「GGCA」という塩基配列があり、一方で、それらと対になる「ATTGCCGT」という配列のステープル*があれば、両者はくっついて二本鎖を形成し、2ヵ所が束ねられるわけです。

*DNAが二本鎖になる時には、お互いに逆向きとなるため、実際は「TGCCGTTA」という配列になる。

スキャッフォルドの配列は通常、決まっています。しかしステープルの配列は研究者が決めて人工的に合成できるため、そこを工夫すれば折り畳みかたを変えて、様々な形をつくることができます。

また、これは前回はっきりと触れませんでしたが、束ねた場所の塩基対の配列は、それぞれ異なっていますので、完成したDNAオリガミには「座標」があります。例えば上から3段目にある二本鎖の、左から「らせん」5周目はどのあたりか、というのを配列から特定できるのです。これを利用すると、オリガミ上の決まった場所に、別のDNAやタンパク質などを、くっつけることができます。

前回もご登場いただいた関西大学 先端科学技術推進機構 特別任命教授の遠藤政幸(えんどう・まさゆき)さんは、この座標を使ってDNAオリガミの上に文字を書きました。遠藤さんは、もう20年以上、DNAを使った「ナノテクノロジー」の研究を行っています。

DNAオリガミで、遠藤さんはまずジグソーパズルのピースのようなものを、何種類かつくりました。大きさは1辺が約100nm(ナノメートル)です。100nmは1mmの1万分の1で、平均的なウイルスの直径くらいです。

それぞれ微妙に形の異なるこれらのピースは、特定の方向と順番で自律的に並ぶようにできています。これには実際のジグソーパズルと同様、形状が合うかどうかといったことに加えて、やはりDNAの相補性が利用されています。

DNAオリガミのジグソーピースには、前述したような座標があります。それをもとに遠藤さんは、ヘアピン形に折り曲げた短いDNAを何個かくっつけて、電子掲示板のような文字にしました。原子間力顕微鏡(AFM)で見ると、ヘアピンDNAは白っぽい粒のように浮かび上がります。1ピースに書かれているのは1文字で、それらが並ぶと「D」「N」「A」とか、「N」「A」「N」「O」と読めるようになります。

【図・写真】DNAオリガミのジグソーピースの模式図と実際のジグソーピースをAFMで観察した画像DNAオリガミでつくったジグソーピースの模式図(上)と、実際のジグソーピースをAFMで観察した画像(下) 拡大画像はこちら

もっとたくさんのジグソーピースをつくって縦横に並べれば、同様な方法で地図や絵を描くこともできます。実際にナノサイズの世界地図や「モナリザ」が描かれた例もあります。

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