中国の各省のなかでも、内陸部の江西省は影が薄い。面積・人口・経済のいずれも、中国の各地方のなかでは「中の中」か「中の下」。歴史の古い地域ではあるが、一般的な日本人が知っているほどの有名な出来事の舞台にはなっていない。名物は辛い料理とはいえ、世界的にも有名な四川料理や、毛沢東が好んだ湖南料理と比べると、やはり知名度は低い。
そんな江西省の略称は「贛」(かん)。その名前を冠しているのが、省内の最南部に位置する贛州市だ。山がちな場所であり、これまたマイナーな街なのだが、実は恐竜化石の話題については非常に熱い場所だ。中国でも有数の「地味省」の、さらに地味な街が、意外な分野で輝いているのである。今回と次回の2回にわたり、紹介していこう。
タマゴを抱くオヴィラプトル
まずは、最近話題になった発見を取り上げておくべきだろう。2020年12月、雲南大学古生物研究院の畢順東(Bi Shundong)らが、中国国内の学術雑誌『Chinese Science Bulletin』(科学通報)に掲載された英語論文で発表した、巣で抱卵中のオヴィラプトロサウルス類(Oviraptorosauria)の小型獣脚類の化石の発見である。
発見された場所は、江西省南部の贛州市の鉄道駅(贛州駅)付近だった。南雄層(Nanxiong Formation)と呼ばれる、約7000万年前の白亜紀後期(マーストリヒチアン)の地層から見つかった。
このニュースを報じた新華社は、畢順東による「今回の化石はオヴィラプトルが巣の上に伏して抱卵する姿勢を取っていたことを示していることに加え、より貴重であったのは、巣のなかにまさに孵化せんとする胚が保存されていたことだ」とのコメントを伝えている。
この化石は、親らしき成体の部分化石と、孵化直前で胚の骨が露出していたものを含む少なくとも24個のタマゴの化石、さらに巣の化石がまとまって発見された。
成体は前足を後方に向けて広げる形で巣に覆いかぶさり、後ろ足は身体の下に折りたたむ形となっていて、身体は巣の中心に位置していた。頭部や尾の骨は失われていたが、体長はおそらく2メートルほどとみられている。また、タマゴは最大のものが長さ21.5センチ、幅8.5センチ。巣のなかで円状に配置され、3層あった。
本連載の以前の記事《冤罪で「タマゴ泥棒」にされた恐竜、中国では「大物」へ出世の理由》でも書いたように、かつてオヴィラプトルは他の恐竜のタマゴを盗む恐竜(タマゴ泥棒)であるとみなされていたが、その後にタマゴを抱いているとみられる化石が発見されており、実際は子育てに熱心だったようだ。今回、化石が見つかった成体のポーズは、現代の鳥類が抱卵するときの姿勢とほぼ同じであったとされる。
親・タマゴ・巣がセットで見つかる例は非常に珍しい。また、胚のうえにオヴィラプトルがうずくまっていたことは、オヴィラプトルがタマゴが孵化するまで、明確な抱卵行動をおこなっていたことを示していた。かつてのタマゴ泥棒の汚名返上後も、オヴィラプトルがどこまで子育てをおこなっていたかは議論があったが、今回の発見はそれに決着をつける形になりそうだ。