スヴェン・ヘディン(Sven Hedin)をご存知だろうか? 19世紀から20世紀前半にかけて中央アジアへの探検を繰り返した、スウェーデン人の著名な探検家である。
古代のオアシス都市国家である楼蘭の遺跡を発見し、その付近にかつてあった塩湖ロプノールを「さまよえる湖」と呼んだことで有名だ。楼蘭については、井上靖の同名の歴史小説もよく知られている。
ヘディン探検隊はこの楼蘭遺跡の発見ゆえに、どちらかといえば地理や歴史の分野で業績をあげたイメージが強い(彼に限らず、この時代の探検家については文化財の略奪者だという非難も根強い)。
だが、実はヘディン探検隊は、中国古生物学への貢献という知られざる側面も持っている。
中国スウェーデン西北科学考査団、出発!
かつてヘディンたちは、中国側からの文化財盗用の批判をかわす目的もあり、1927年から1935年まで両国合作の形で中国スウェーデン西北科学考査団(The Sino-Swedish Expedition)を組織していた。
この考査団には、北京原人の化石の一部を発見したスウェーデンの古生物学者ビルガー・ボーリン(Birger Bohlin)や、中国の最初期の地質学者である袁復礼(Yuan Fuli, 1893~1987)をはじめ、地質学や古生物学の知識を持つ複数の研究者が加わっていた。
そして彼らは、冒険の旅のなかで少なからず恐竜の化石も見つけている。今回はヘディンの探検によって見つかった恐竜を、何種類か紹介してみよう。
ややこしすぎる「北山の恐竜」
ヘディンの冒険に従っていたボーリンが、1930年に甘粛省の白亜紀後期の地層から下顎などの化石を見つけたのが、ペイシャンサウルス・ピレミス(薄甲北山龍:Peishansaurus philemys)だ。
中華人民共和国成立後の1953年に報告がおこなわれた。その名前については、甘粛省と新疆省(現在の新疆ウイグル自治区)の境界に伸びる北山(Bei shan)山脈にちなんだ命名となった。
ボーリンはこのペイシャンサウルスを、アンキロサウルスなどの仲間の曲竜類だと考えた。だが、2000年前後に再研究がおこなわれ、パキケファロサウルスなどの堅頭竜類ではないかという説や、プシッタコサウルスのような初期の角竜に似ているという説も出た……。つまり、どんな恐竜だったかほとんどわかっていない。
加えてややこしいことに、「北山龍」の漢字名を持つ、まったく別種の恐竜も存在する。すなわち2010年に報告されたベイシャンロン・グランディス(巨大北山龍:Beishanlong grandis)だ。こちらも甘粛省の北山山脈で化石が見つかった、白亜紀前期の獣脚類のオルニトミモサウルス類の仲間で、7~8メートルに達する巨体が特徴である。
ラテン語の学名こそ違うとはいえ、同じ地域から発見された恐竜の化石に、まったく同じ漢字の属名が付けられている点からしても、ペイシャンサウルスの影の薄さがわかるだろう。