人工生命に慰霊碑と花束を(後編)

生命1.0への道 第15回

生命科学とアートの「たゆたう界面」

岩崎さんへのインタビューを聞き直したり、それを文字に起こしたりしているうちに、だんだん気づいたことがある。それは岩崎さんの話には、おおむね結論がないということだ。というか、あえてパキッとした結論を出さないように話している。べつに逃げているわけではなく、ごまかそうとしているわけでもなく、むしろ自分のスタイルに忠実なのだと思う。

それは切り絵で抽象的な模様を刻んでいくスタイルと共通している。

「いろんなごちゃごちゃっとしたものから、自分自身が成り立っているので、そういういろんなものが絡み合っていて、どこが始まりなのか、どこが終わりなのかわからないし、全体としてみても個別に見ても、ある程度ビビッドであるというのがいいなと思っていて、それでいろいろなパターンがせめぎ合っているような感じを刻んでいます」

と岩崎さんは話す。

そこで僕が「自分で、このへんは何というようにはイメージしていないんですか」と聞くと、

「そういうのが出てくると、逆にそれをあえて壊すということをします。特定のイメージにしたくはない。特に具象的なイメージには――。だからたとえば突然、動物っぽく見えたりとか、何か建物っぽく見えると、それをもうやめようという感じになる。でも人間はどうしても、そういうふうに見てしまうものなので、見えてしまうのはしょうがないんですけど、自分がそういうことに気づいたら、それをやめようと思ったりとかはします」

と答えた。

岩崎さんはゆっくりと、紙の感触を確かめながらカッターを動かしていくように話す。そして何か自分で結論めいたものにたどり着きかけたり、あるいは僕が「こういうことでしょうか」みたいなことを言うと、異なる視点から相対化してしまったり、別の話題に展開させていったりする。物事はそう簡単に割り切れるものじゃないと、常に言い聞かせているみたいだ。

岩崎さんの座右の銘は「論理・観方は一通りではなく多様であること。コミュニケーション空間としての生命科学とアートを往復しながら、たゆたうその界面を感じ、戯れ続けること」だそうである。この「たゆたう」という言葉を、インタビュー中も何度か口にした。切り絵作品も、岩崎さん自身もたゆたっている。ぴったりだ。

生命は「スーパーコンセプト(超概念)」

この記事で僕が出した「生命はマーブルケーキ」という結論めいたものにも、岩崎さんは決して同意はしないだろう。かといって否定もせず「そうですねえ……」と言って、もっとちがう次元に話を運んでいくかもしれない。

もちろん20万年の歴史を通じて、たぶん人間の生命観は移り変わってきた。その集積自体もまた、移り変わっていくだろう。つまり、たゆたっている。だから本来は結論を出す必要もないのだ。もしかしたら「生命」という概念が消失することさえ、ありうるかもしれない。

ある雑誌の記事(注3)で、岩崎さんは次のように語っている。

僕は、生命というのは人類に残された最後の「スーパーコンセプト」だと思います。神という存在が揺るぎないものであった社会や時代には、やはり生命は、そこに連なるものという考えだった。神こそがスーパーコンセプトであったわけです。しかし、大雑把に言えば、一九世紀になって人類は「神を否定する」態度を手に入れた。そして、科学の時代と言われるようになったわけだけど、その科学も万能ではないことがわかり、スーパーコンセプト、つまり「絶対的に頼りたいコンセプト」が、見当たらない時代になったわけです。そんな中で「生命」は、人類に残された最後のスーパーコンセプトなのかもしれません。僕が知るかぎり、表立って「生命の否定」をコンセプトに掲げる文化・文明は、まだ顕在化していませんから。

3)「Kotoba」2014年夏号、p.86~89

しかし神が死に、科学もゆらいでいくのであれば、いつかは生命という概念が消えてしまうことも、あるのではないか?

「それは、あり得るのかもしれないんですけど、そのときには何か代替となる別のスーパーコンセプトが出てくるんじゃないですかね」と岩崎さんは言う。

「人間の生命観って時代ごとに変わっていますが、そもそも人間がどんどん進化していって、人間自体が別の脳を獲得していたら、そのときの生命観はちがってよいんじゃないですか、とは思います」

「シンギュラリティ」がほんとうに訪れて、人工知能(AI)が、あらゆる面で人間の頭脳を超えたら、あるいは他の天体に地球とはまったく異なる「生き物」を発見することがあったら、生命というコンセプトも劇的に変わらざるを得ない気がする。消滅するかもしれないし、少なくともより高次元の概念に置き換わりそうだ。それこそ「生命2.0」だと言えるかもしれない。

つまり「生命観」や「生命性」は、それ自体が生命のように、人類の誕生とともに生まれ、歴史の中をたゆたい、やがては死に絶えるか、別の形に進化していく。不思議であり、また当然でもあるような話だ。

常陸太田市は交通の便が悪いものの、旅をするには穴場と言える。適度に鄙びていて歴史もあり、お蕎麦がおいしく、意外にレトロでおしゃれな建物があったりもする。あまり観光地化されていないぶん、ゆったりと落ち着いた時間を過ごせるだろう。山間では星空が美しく、温泉もある。ぜひ一度、訪ねてみてはいかがだろうか。

築300年の酒蔵跡にも足を運んで、50年前に止まった時を味わってみてほしい。居心地のよさは保証する。裏庭に建つ不思議な慰霊碑にも、一見の価値はあるはずだ。カンブリア紀の石に触れて、40億年の時に思いを馳せるのもいい。

そして、もし暇があったら、塚の下に眠る人工細胞や人工生命たちに花束をあげてください。

【写真】慰霊碑

第16回に続く

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