アンケート結果再報告
本連載では、これまでに5回のアンケートをとってきた。すでに、それぞれの結果は報告してきたが、その後も回答数が伸びて倍以上に達したものもある。せっかくなので、これもおさらいを兼ねて、いくつかの結果を再報告しておきたい。
また今回ご登場いただいた伊村さんにも、この機会に同じ質問をしてみることにした。
最初にとったアンケートの質問は「生命と非生命との間に『生命0.5』は存在しうると思いますか」だった。
現在の有効回答数は64件で、90.6%の人が「存在しうると思う」と答えている。
伊村さんに聞いてみると「生命の定義にもよると思いますが、膜をつくって外界と分かれるところがポイントだとしたら、その前というのは基本的にありえない。どろどろのスープみたいな状態で母岩との間に相互作用があり、あるときにそれを膜に閉じこめるということが起きて、それが生命の誕生だとすれば、化学的な前段階はあるでしょう。しかし生命と言ったときには、僕のイメージでは膜に閉ざされた状態からとなります。すると『前生命』はあっても『半生命』は考えにくい」との答えだった。
これまでにも何度かくり返してきたが、とりあえず生命を定義するとなった場合、よく使われるのは、「自他を区別する境界があり、代謝と自己複製をする」という性質である。科学者の立場からすると、これらのどれを重視するかによって答えは変わってくるだろう。
伊村さんのように「境界」が大事だとするなら「0」か「1」しかないのかもしれない。一方で代謝や自己複製は、効率の悪い原始的なシステムから現在の洗練されたシステムまでさまざまな段階があり、どこかで明確な線引きするのは難しそうだ。
また膜のような境界があったとしても、その中身が今のような高機能のタンパク質や核酸のセットではなく、どちらか一方だったり、あるいはペプチドやヌクレオチドを含む雑多な「がらくた分子」だったりしたら、どうなのだろう。
さらに言えば、アンケートに回答してくれた人の多くは、たぶん科学者ではない。「半生命? よくわかんないけど、いそうじゃん」と、ごく感覚的に答えた人もいるはずだ。それが90.6%の大半を占めていたとしたら、科学的かどうかはともかくとして、無視はできないだろう。こうした問題は次回の大きなテーマである。
2回目にとったアンケートは「地球の生命は、どこで誕生したと思いますか」だった。
これには現在、35件の回答があり「地球の海中(熱水噴出域など)」が54.3%を占めている。次が「地球の陸上(温泉地帯など)」で22.9%、「彗星や小惑星」と「その他」が11.4%と続く。「火星」や「地球の大気中」と答えた人はいなかった。まあ今の常識的な考えからは、順当な結果ではないだろうか。
伊村さんの答えも「海中」だった。
「パンスペルミア的に彗星だとかは言うけど、そんなところで生命が発生するようなエネルギーは、あるのかなという気がします。宇宙線や紫外線から得られるという話も聞きますが、エネルギーなら海の中のほうが、よっぽど豊富でしょう。深海だったら熱水噴出孔なんかがあるし、浅いところだったら太陽光のエネルギーが使えるし、条件が揃っているのは、どう考えたって地球の海ではないかという気がします」
「アミノ酸とか核酸塩基とか、素材は彗星なり何なりでもできるでしょう。しかし素材があるからといって生命になるとは思えない。それには安定した水環境と、熱なりエネルギー源が必要でしょうから、素材は空から降ってきても、生命の誕生は海中なんじゃないかと思っています」
これに対して「地球の陸上」派の研究者は、水中で核酸やタンパク質ができにくいことなどを挙げて反論している(第2回と第3回)。それに対する「海中」派からの再反論もあって、今のところ決着はついていない。しかし材料が宇宙から来た可能性については、どちらも否定していないようだ。
3回目はとばして4回目のアンケートは「キッチンで(生きた)人工細胞ができるとしたら」だった。
有効回答数は51件で「ぜひ、つくってみたい」と「暇があれば、やってみてもいい」が合わせて86.4%に達した。一方で「つくっては、いけないと思う」は2%つまり1人だった。
伊村さんも「できるんだったら、やってみたい。つくってはいけない理由? 思いつかないですね」と答えている。おそらく多くの人は、あとのことまで考えて答えてはいないんだろうと思う。「できそうとなったら、やらずにはいられない」という研究者の心理は、多かれ少なかれ一般人にもあるということか(第9回参照)。
一方で研究者の中には、人工生命の合成に成功したかどうかを、周囲が「やべえ」と言いだすかどうかで決めるという人もいる(第9回と第11回)。しかし、このアンケート結果を見るかぎり、案外「やべえ」という反応は出てこないかもしれない(注5)。では、どういう反応になるのか。これも話の流れによっては、次回以降で、ちょっと考えてみたいと思う。
注5)かろうじて「その他」としての回答に「つくったあと、ドウシタラ?」というコメントはあった。これが「そのまま捨てても、かまわないのか。それとも生きた状態で、自然界に放ってはいけないのか」というニュアンスだとしたら、「やべえ」に近い反応かもしれない。だが、いずれにしても1人である。
5回目のアンケートは有効回答数が72件で、最も関心が高かったと言える。
2つあった質問のうち「細菌に生命はあると思いますか」に対しては「あると思う」がきっちり4分の3、「ないと思う」と「どちらとも言えない」が合わせて4分の1だった。
伊村さんの回答は「まあ、きっとあるでしょう」で、ちょっと歯切れの悪い感じは、微妙にアンケート結果を反映している気がする。
もう1つの「植物に生命はあると思いますか」に対しては「あると思う」が90.3%、「ないと思う」「どちらとも言えない」が合わせて9.7%だった。つまり9割以上の人が植物を生命だと言っている。
コケの専門家である伊村さんも、さすがに「あると思っています」と答えた。
しかし、この細菌と植物との差は、いったい何に起因しているのか。細胞レベルでは核のあるなし、葉緑体のあるなし、といったちがいはあるものの、それを根拠に判断しているとは思えない。では心理的な距離なのか。あるいは教育や文化的な背景? そのへんも最終章のテーマに含まれてくるだろう。
ということで今回も長くなってしまったが、ここまでにしておきたい。
★第14回に続く