純粋な文系でも「まえがきだけで、参りました。」そして大興奮!
目利き書店員さんの「この1冊」第1回第1回 福岡沙織さん(ジュンク堂書店 池袋本店)
『宇宙は「もつれ」でできている』
ジュンク堂書店池袋本店は、10階建てのビルまるごとが本屋です。各階で分野が異なり、10個の別々の本屋が1つのビルに入っている、と言う方もいます。
各階を回るのが大変と思われるかもしれませんが、じつはフロアー同士で併売することで、1フロアー内で他階の本を見られる機会を作ってもおります。
ブルーバックスも、その1つです。メインは理工書フロアーですが、新書棚の一角にもあります。
私は新書担当です。お客様に尋ねられるとブルーバックスシリーズを「専門的でありながら身近に感じられる、理系の入門書」と紹介しています。
一見、難しいタイトルも手に取ると夢中になってしまう。脳の機能、数学の魅力、地球の歴史など日常と地続きのはずなのに遠く感じていた世界が、あっという間に近づいてくる。未知の世界だからこそ、面白い。
「まえがき」だけで、参りました
けれども生粋の文系である私にとって、読書中に登場する専門用語や数式は、苦労の種でした。
中学高校の教科書を引っ張り出して調べたり、理系の友人に話を訊きながら読んでいました。
そんな中で出会ったのが、『宇宙は「もつれ」でできている「量子論最大の難問」はどう解き明かされたか』です。
宇宙、大好きです。謎多き分野。その謎を解くヒント、量子力学が100年でどう発展したかを網羅した1冊。
100年分を詰め込んだからか、監訳者まえがきからエピローグまで含めて全590ページ。大変分厚い。棚に表紙が見えるように陳列しても通常15冊出せるのに、8冊しか入らない。
担当編集の方が「もとの原稿が分厚くて……。邦訳をした本書もブルーバックス史上、最高の分厚さです」とおっしゃっていたのを思い出します。
文系には辛いよ……と及び腰の私の肩を押したのは、帯のことばである「アインシュタインが生涯信じなかった“幽霊現象”――。最高の頭脳を翻弄した“量子の奇妙なふるまい”が、「宇宙観」に革命をもたらした! 量子力学100年の発展史を一気読み」でした。
最高の頭脳を翻弄した……ど、どのように?
一気読み……またまたそんな……。
まえがきを見て考えるか……と手に取ったのが運の尽き。
本書、数式がまったく登場しない! 学者たちのやり取りが面白い! 日常のたわいないエピソード、交わされた手紙を入念に調査し、まとめている。
監訳者が「本書で紹介されているエピソードの数々は、一般の量子力学について書かれた本(教科書や啓蒙書)では見受けることがないものが多い」と記し、著者が「本書の目的は、既存の歴史書や教科書を補完することである。
予測のつかないすばらしい会話ややりとり、実験があったこと、そして時にそこから明晰さが生まれる感動的な瞬間があったことを伝えたい。本書は、発見を生み出す輝かしい人間らしさを、そして欠点を抱えながらも勇敢に進む探究者を称えるものである」と宣言をしている。
まえがきだけで、参りました。
「一生を捧げたいもの」を見つけてしまった男たち
年代別にまとめられた目次もわかりやすい。著者が加えた注釈と、より詳しく知りたい方向けにはネット上に特設サイトまで作られており、痒い所に手が届く丁寧さ。
本書に対する思いの強さが伝わってきました。
本文中の馴染みが無い言葉をメモするためノートを用意したものの、最初はページをメモするだけで精いっぱいだった。
さすが100年の歴史。内容が濃い。
だが、学者同士のやり取りが非常に人間らしく、ユーモアたっぷりで電車の中で何度も吹き出してしまった。
皆、心の中に少年が住んだままの人たちだ。一生を捧げたいものを見つけてしまい、普段は孤独な分、仲間との会話は白熱する。
色違いの靴下のスケッチ、ポエムとしか思えない言葉のやり取り。そこだけをつまみ食いするだけでも楽しい。
楽しい分、彼らのファンになり、何をそこまで盛り上がっているのか知りたくなって特設サイトと本書とを往復する。往復をしだすと、メモだけだったノートが落書きだらけになる。
数式や、量子力学の「もつれ」の発想。直観が信念に代わり、論理的に解明を進めていく過程には、興奮しました。
下地がある方ならば、もっと楽しいのではないかと思い、岩波文庫・アインシュタイン著『相対性理論』の隣に並べ、本が減っていくのを発見しては嬉しくなりました。新書売り場ではブルーバックスの新刊がよく売れていくのですが、別の棚やフェアに組み込んでいくことで、長く動く本になってくれました。
内容はもちろん、新しい本との出会いを楽しむ面白さを、改めて教えてくれた本書を、おススメ致します。
物理学 [B1981]
『宇宙は「もつれ」でできている「量子論最大の難問」はどう解き明かされたか』
著:ルイーザ・ギルダー、訳・監修:山田克哉、訳:窪田恭子
英紙選「量子論の名著ベスト10」にガモフらの著作と並んでランクインした名著、待望の邦訳。直感と論理の狭間で物理学者がもがく!
定価:本体1,500円(税別)
ISBN:978-4-06-257981-0