ダークホースかもしれない隕石衝突

生命1.0への道 第3回

もう一つのシナリオ

ずっと海底説と陸上説の比較を中心に話を進めてきたので、がらっとではないが、ちょっとだけ異なったシナリオがあることも紹介しておきたい。

小林さんは化学者で、山岸さんは生物学者だが、第2回の冒頭にちらっと登場していただいた東北大学准教授の古川善博さんは地球化学者である。細かく言うと有機地球化学が専門なので、小林さんに少し近いかもしれない。

また古川さんと同じ研究グループの掛川武(かけがわ・たけし)教授は地質学者で、世界各地の古い地層から初期生命の痕跡を見つけようとしている。

そして古川さんが師事した物質・材料研究機構名誉フェローの中沢弘基(なかざわ・ひろもと)さんは、もともと物質科学が専門だったが、教授として東北大学に赴任してから「生命は地下で誕生した」というユニークな考えのもとに研究を始めた。

このように生命起源の研究には、さまざまな分野の研究者が関わっていて面白い。

さて小林さんは加速器を使って陽子線を模擬大気などに当てる大がかりな実験を行っているが、古川さんもまた「一段式火薬銃」という全長5mほどの大砲のような装置(写真4)で実験をしている。

この銃で直径3cmの飛翔体(弾丸)を射出し、やはり直径3cmくらいの金属製容器(標的)に当てるのだ(写真5)。

写真4 火薬の匂いが充満した倉庫のような建屋の中にある一段式火薬銃(物質・材料研究機構)
写真5 サンプル容器(左)と飛翔体

これは原始地球への隕石衝突を模擬している。容器の中には炭素や鉄、アンモニア、窒素、水など(の一部)が入っている。隕石が海に衝突すると衝撃波や熱で「蒸気雲」が発生するのだが、その中では当時の非還元的な大気と隕石起源の物質(主に鉄)が、水とともに混じり合っているはずだ。容器中の試料は、その状態を再現しようとしている。

実際、飛翔体が容器に当たると(写真6)衝撃波のエネルギーで試料は混じり合い、反応する。そして衝突後の試料からは、これまでに13種類のアミノ酸と2種類の核酸塩基が見つかった(写真7)。

写真6 飛翔体が衝突したあとのサンプル容器をチャンバー(試料室)から取りだしたところ。底の部分が凹んでいる
写真7 衝突実験後の試料を回収する装置と古川さん

原始地球の大気がミラーたちの予想したように還元的ではなかった場合、雷を模して電気火花を散らしても、太陽光に含まれる紫外線を当ててもアミノ酸や核酸塩基はできない。しかし宇宙線を模した陽子線を当てれば、アミノ酸ができることはすでに紹介した。

実はもう一つの可能性として、隕石衝突でアミノ酸や核酸塩基ができたかもしれないというわけだ。今ではめったに落ちてこない隕石だが、40億年前は大量に降り注いでいたことが、月のクレーターなどからわかっている。

第1回で話したように、隕石の中には、もともとアミノ酸や核酸塩基を含むものがある。それらの有機物と衝突によって生じる有機物を合わせれば、生物に使われる20種類のアミノ酸の半分以上と、チミンを除く核酸塩基のすべてが揃ってしまう。

しかし一段式火薬銃を使った実験は、大がかりだとはいえ実際の隕石衝突とは比べようもない。射出する飛翔体は直径3cmである一方、隕石の大きさはメートル単位を想定している。飛翔体が達する速度は最高で毎秒約1kmだが、隕石が落ちる速度はその10倍以上にもなる。当然、蒸気雲が発生している時間も長くなるだろう。

ちなみに極端な例だが、恐竜を絶滅させた隕石は直径が10~15km、衝突速度は毎秒約20kmだったという説がある。こうした規模のちがいが結果にどう影響するかはまだ検討中だが、今のところ古川さんは現実の衝突のほうが、より多くの有機物を生みだせたと考えている。

根拠の一つは、飛翔体の速度を落としていくと、生成する有機物の量が減っていくことだ。逆に言うと、速度を上げていけば(実際には性能的に上げられないのだが)、増えていくことが期待される。

もう一つ僕が気になったのは熱水噴出域と同じ問題で、高温の蒸気雲の中では有機物ができても、すぐに分解されてしまうのではないかということだ。

これについて古川さんは「隕石の衝突で爆発的に膨張していく気体(蒸気雲)は、火山のように継続的に熱が供給されるわけではありません。空気との摩擦などで運動エネルギーを失っていくとともに、周辺部が急速に冷やされていきます。秒速20kmでの衝突で計算しても、数秒で1000℃以下になるという結果が出ています」と答えた。つまり有機物のクエンチ(冷却)と保存には問題ないということだ。

そして有機物ができたあとのシナリオだが、古川さんは次のように考えている。

まず隕石衝突などでできた有機物は、そのまま海に蓄えられた。とはいえ「スープ」と呼べるほどの状態にはならず、海水中ではとても希薄だった。

それが陸の近く――たとえば干潟のような場所で、水が蒸発することにより濃縮されていった。その状態で湿ったり乾いたりをくり返しているうちに、脱水重合でアミノ酸や核酸塩基などがつながっていった……。

干潟は潮の干満によって海になったり陸になったりする場所だから、これは「海底説」と「陸上説」の中間と言えなくもない。

とはいえ古川さんは、熱水噴出域でタンパク質や核酸ができるかという点については懐疑的である。一方、陸上においても核酸が簡単にできるとは考えていない。

「単に湿ったり乾燥したりをくり返すだけでは長くつながることができないので、何らかの触媒(鉱物など)が必要です。現在、それを探しているところです」と古川さんは言う(写真8)。

またRNAのヌクレオシドと結びつく糖(リボース)は、今のところ隕石の中や衝突実験からは得られていない。これが原始地球上で安定的にできるためには高濃度のホウ酸が必要なのだが、それがどこにあったかも検証中である。

写真8 核酸の重合実験に使っている分析装置(液体クロマトグラフ)〔上〕と、その画面〔下〕

インタビューをさせてもらった最後のほうで、古川さんに「生命0.5」のようなものは存在しうるかを聞いてみた。

すると「半生命のようなものは存在してもいいと思います。ただ生命の定義にもよるでしょう。自分としては(生命となるためには)RNAと膜が、まず必要だと思います。ただタンパク質のほうができやすいので、最初からRNAや膜と一緒に何か働いていてもおかしくはない」という答えで、山岸さん寄りではあるが少しちがうようだ。

古川さんのように若い研究者が、生命起源研究では重鎮と言える小林さんや山岸さんにどう挑戦していくのか、今後が楽しみである。

第4回に続く★

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