東北沖の地震から13年。震源域の断層掘削調査「JTRACK」が始動。地震研究の難題から海溝型地震のメカニズム解明に挑む
9月6日、地球深部探査船「ちきゅう」が宮城県沖に向けて出航し、いよいよIODP(国際深海科学掘削計画)第405次航海「JTRACK(ジェイトラック)」(日本海溝巨大地震・津波発生過程の時空間変化の追跡:Tracking Tsunamigenic Slip Across the Japan Trench)が始まります。
2011年3月11日に起きた東北地方太平洋沖地震。発生からおよそ1年後の2012年4月には、IODP第343次航海「JFAST(ジェイファスト)」(東北地方太平洋沖地震調査掘削)という地震を起こした断層の掘削調査航海が実施されました。今回のJTRACKは、それから12年ぶりの大プロジェクトとなります。巨大地震と大津波を引き起こしたプレート境界断層は、この12年でどう変化したのか。さらに、それらのデータから海溝型地震のメカニズム解明にも大きな前進があるのではないかと期待されています。
そこで、海洋研究開発機構(JAMSTEC)理事で、「JTRACK」の共同首席研究者をつとめる小平秀一さんにプロジェクトについてお話を伺いました。(取材・文:岡田仁志)
東北地方太平洋沖地震の1年後に行われた「JFAST」
――今回の「JTRACK」についてうかがう前に、まずは12年前のJFASTで、あの地震について何がわかったのかを教えてください。
東北地方太平洋沖地震は、太平洋プレート(海洋プレート)に引きずられて沈み込んでいた北米プレート(大陸プレート)が、元に戻ろうとしてすべることで引き起こされました。地震の3日後に東北沖へ緊急派遣された深海調査研究船「かいれい」の調査では、海溝軸付近で50メートルを超える水平変動、約10mの隆起が確認されています。
そこでJFASTでは、地震を引き起こしたプレート境界断層を探し当て、そこから、地球深部探査船「ちきゅう」によって断層のサンプルを回収することを目指しました。マグニチュード9という巨大地震の断層がどういうものかを調べるためです。
また、その断層の掘削孔に温度計を設置して、のちに回収することもJFASTの大きな目的のひとつでした。断層がすべると摩擦熱によって断層周辺の温度が上がるので、それを調べると摩擦係数、つまり断層のすべりやすさがどれぐらいだったかを知ることができるのです。
──断層サンプルの回収は、かなりご苦労されたと聞いています。
水深7000メートルの海底からさらに850メートルも掘るのは初めてのことでしたから、難しかったですね。さらに、このときは天候が悪かったこともあって時間が足りなくなり、かなり掘り飛ばしをせざるを得ませんでした。本当は浅いところから断層まで連続的にサンプルを取りたいのですが、浅いところは断念し、海底下800メートルの断層付近と思われる深いところを密にサンプリングしたんです。
結果的に、海底下約820メートルから、プレート境界断層のサンプルを回収することに成功しました。
JFASTからわかった、おもな3つの成果
そのサンプルからは、まず、断層帯の厚さが数メートルしかないことがわかりました。地震の震源域は南北500キロメートル、東西200キロメートルと非常に大きい領域なのですが、ほんの数メートルの薄い領域に断層のすべりが集中していたのです。
また、断層を構成する物質の約8割は、沈み込む前の海洋プレートに長い年月をかけて積み重なった「スメクタイト」という水分を多く含む粘土であることもわかりました。地震の摩擦熱で温度が上がると、スメクタイトの含む水が膨張して断層の隙間を持ち上げるんですね。それによって、よりすべりやすくなったと考えられます。
一方、1000分の1度まで測れる温度計による計測では、海底下820メートルの断層の温度が、まわりよりも0.3度だけ高いことがわかりました。地震による温度異常は徐々に減少していきますが、まだ少しは残っているんです。
この温度から地震が起きたときの摩擦係数を計算したところ、0.08〜0.1というすごく小さい値だったことがわかりました。これは、スキー板と雪のあいだの摩擦係数と同じくらいです。だから、断層が大きくすべってマグニチュード9という巨大地震になってしまったのです。
掘削と同時に、孔内の電気伝導度を計測
──JFASTでは、掘削しながら地層の物性値などを計測するLWD(掘削同時検層)も行いましたよね? そちらでは、どんなことがわかったのでしょう。
そちらでも重要な成果がありました。地層に割れ目があると、そこに水が入り込んで電気が流れやすくなります。ですから、掘削しながら電気伝導度を計測することで、割れ目の状態を下の右図のように可視化できるんですね。これは、円筒状に観測したものを平面に展開したものです。
これによって、割れ目が東西方向に生じていることがわかりました。これは、地震の際に東西方向に引っ張る力が働いたことを意味しています。
深さは海底下660メートル〜672メートル。地震発生から1年後に、プレート境界断層の上盤側で、地震学でいう「正断層(2つのプレートが引っ張り合う方向)」的な力が働いていることがわかったわけです。これが、今回のJTRACKに大きな課題を与えました。それについてはまたのちほどお話ししましょう。
<JFASTでの成果>
★東北地方太平洋沖地震の断層帯の厚さが数メートルしかなかった
★東北地方太平洋沖地震が起きたときの摩擦係数は、0.08〜0.1と非常に小さかった
★プレート境界断層の上盤側では「正断層」的な力が働いている