登山人口は年々増加の一途をたどり、いまや登山は老若男女を問わず楽しめる国民的スポーツになっています。いっぽう、登山人口の増加に比例して山岳事故も増えており、安全な登山技術の普及が喫緊の課題となっています。
運動生理学の見地から、安全で楽しい登山を解説した『登山と身体の科学 運動生理学から見た合理的な登山術』(ブルーバックス)から、特におすすめのトピックをご紹介していきます。
今回は、高山における行動適応として、呼吸法をご紹介していきます。
*本記事は、『登山と身体の科学 運動生理学から見た合理的な登山術』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
酸欠は意識呼吸でカバーする
前回の記事で、高山病の起こる条件として、
- A 高度を急激に上げる
- B 高度を上げるときに激しい運動をともなう
- C そのような上り方をした後に高所で眠る
の3つを挙げ、高山病を防ぐならこの逆の行動適応をすればよいと述べました。
高所での疲労や高山病は、体内の酸素欠乏により起こるので、それを防ぐ努力をすることが必要です。それに最も有効な手段は、上手に呼吸を行うことです。このことはあまり知られていないことですが、高所では必須の行動適応です。
グラフ(図「低酸素環境下で酸素吸入と意識呼吸を行ったときの効果」)は、高度4000m相当に設定した低酸素室の中で、自然な呼吸をしているとき、酸素吸入をしたとき、意識的な呼吸(深呼吸)をしたときの酸素飽和度を測ったものです。
自然な呼吸をしているときには、酸素飽和度は80%くらいまで低下します。いっぽう、酸素吸入をすれば、酸素飽和度はただちに95%付近まで上昇し、下界なみの値となります。そして注目していただきたいのは、意識呼吸をすることでも酸素吸入と同じ効果が得られることです。
富士山などでは酸素スプレー缶を販売しています。これを使えば、一時的に酸素飽和度は上昇しますが、数分で使い切ってしまいます。
しかし意識呼吸を続ければ、酸素吸入と同じ効果を、無料でいくらでも得ることができるのです。