時空の歪みとして捉えられた謎の重力波の存在。これは、ナノヘルツという非常に長い周期の重力波でした。世界に衝撃を与えたこの発表の様子を話題の新刊『宇宙はいかに始まったのか ナノヘルツ重力波と宇宙誕生の物理学』から紹介したいと思います。
*本記事は、『宇宙はいかに始まったのか』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
世界に衝撃が走った!20年にもわたる観測結果とは
2023年、米国東部時間の6月28日午後1時(日本時間、29日午前3時)、国際研究チーム・ナノグラブ(NANOGrav)が国際記者会見を開きました。
会場は、米国国立科学財団(NSF)です。これは史上初の重力波検出に成功したLIGO(ライゴ)チームが、2016年に記者会見を開いたのと同じ会場です。この重力波初検出は、翌年のノーベル物理学賞にも選ばれ、国内外で大々的に報道されたので、ニュースなどで目にした読者も多いと思います。
ナノグラブの成果は論文として雑誌『アストロフィジカル・ジャーナル・レターズ』に査読を経(へ)て掲載されました。
また、同じ日に他国の複数のチームも同様の発表を行っています。欧州・オーストラリアの電波天文台を中心とする各チームは、雑誌『アストロノミー・アンド・アストロフィジックス』に成果論文を発表し、インドを中心とするアジア地域のチームでは、熊本大学などの日本の研究者が参加しています。そのほかにも中国のチームが同様の発表をしています。
では、ここで発表された成果とは、どんなものだったのでしょうか。
それは、ある重力波の存在の証拠を見つけたというものでした。
「パルサー・タイミング・アレイ」とは?
それならば、米国のLIGOや欧州の重力波望遠鏡Virgo(ヴィルゴ)による重力波検出と同じだと思われるかもしれません。しかし、ナノグラブの成果はそれとまったく異なるものなのです。
おおげさに聞こえるかもしれませんが、彼らの成果は、宇宙を観測する「新しい扉」を開いたともいえる衝撃を天文学者に与えました。
チーム・ナノグラブの行った観測を簡単に解説します。彼らの観測装置は「パルサー・タイミング・アレイ」とよばれるものです。
銀河系に分布するパルサーとよばれる天体を、あたかも「検出器を広範囲に並べたもの=アレイ」に見立てて観測するという意味です。文字どおり解釈すれば、多数のパルサーのタイミングを利用した観測ということになります。
少し詳しい方なら、パルサーと聞いて電波を発している星のことだと知っていると思います。パルサーは安定した周期で電波を発する星です。
では、このパルサーの電波からなにを調べたのでしょうか。
それが重力波の存在です。しかも、それはナノヘルツという単位であらわされる超
長波長の重力波なのです。