1976年の6月19日、前年の10月に打ち上げられたヴァイキング1号が10ヶ月の長旅を経て、火星の周回軌道に入りました。
ヴァイキング1号は、周回軌道にとどまり上空から画像を撮ったり,周辺の様子を観測するオービタと、エンジンを逆噴射させながら目的の惑星に着陸させてその表面を調査するランダーからなりますが、ランダーは7月20日に着陸しました。
しかし、なぜこの時期だったのでしょうか。このミッションには、打ち上げ国だった米国の独立記念日に関わる政治的ないきさつもありましたが、そもそもは、地球以外の天体への生命に対する、人類の期待が大きく関わっていました。そして、生命が存在しない原始の地球で、生命はなぜできたのかという問い、すなわち「生命起源」の謎を解くヒントとともなりえたのです。
生命起源のセカンド・オピニオンのスリリングな解釈をわかりやすくまとめた、アストロバイオロジーの第一人者、小林憲正氏の『生命と非生命のあいだ』から、火星に生命の痕跡を探ってきたトピックをお届けします。
*本記事は、『生命と非生命のあいだ 地球で「奇跡」は起きたのか』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
生物学者と天文学者
地球以外に生命を宿す星はあるのだろうか?
これは生命の起源と並ぶ、未解決の大きな謎です。しかし、この二つの謎は、一つの謎の二つの面といってもいいでしょう。生命が簡単にできるものならば、地球以外でも生命ができる星はいくらでもあるでしょう。しかし、生命の誕生が難しいものならば、たとえば、以前の記事で紹介したフレッド・ホイルらの考え*が正しければ、宇宙でもそうそう奇跡は起きないでしょうから、地球外生命の可能性は低いことになります。
科学者の中でも、生命の起源の細かい議論を別とすれば、生物学者は、
「生命のような複雑ですばらしいものが、地球以外でそう簡単にできるわけはない」
と考える人が多く、一方で天文学者は、
「地球は特別な惑星ではない、これほど広い宇宙で地球以外に生命がいないわけがない」
と考える人が多いといわれてきました。
2000年頃からはアストロバイオロジーに参入する生物学者も増えてきて、生物学者の中でも地球外生命を認める人は増える傾向があります。逆に、地球生物が用いる核酸(DNAとRNA)の複雑さを考えると、物理学者の中でも戸谷のように「観測可能な範囲の宇宙では、RNAをつくりだすには広さが不十分」と考える人もいます。
結局、地球以外に生命がいるのかいないか、決着をつけるには、実際に宇宙で生命を探してみるしかなさそうです。
*以前の記事:〈地球上で生命ができる確率は「かぎりなくゼロ」なのに、なぜか生命は存在する「謎」…「神頼み」にしない説明は可能か〉参照
19世紀から気になる惑星だった火星
宇宙で生命を探すといっても、20世紀前半までは、せいぜい望遠鏡で覗くことしかできませんでした。月にはどう見てもいそうもないので、次に地球に近い天体となると、火星か金星です。
1877年、イタリアの天文学者でありミラノ天文台長もつとめたジョバンニ・スキャパレリ(1835〜1910)は精力的に火星を観測し、多くのスケッチを発表しました。彼は火星の表面に多くの筋があるのを見つけ、それを水路(キャナリ)だと考えました。この“水路”は天然の河川というより人工物、いわば“運河”のように見えたため、火星には高等生物がいるのではないかと盛り上がりました。
20世紀後半、人類はロケットで他の天体まで行くことが可能になりました。火星へも1960年代からソ連(当時)と米国が競って探査機を打ち上げましたが、成功したのは1964年のマリナー4号(米国)が最初でした。
マリナー4号から送られてきた火星表面の画像には、運河はなく、大型生物はいそうにありませんでした。それでも、上空からは見えないような微生物ならいるかもしれない、ということで立案されたのが「ヴァイキング計画」です。