植物は光合成をしています。では、この光合成を行う生物はいつ誕生したのでしょうか? 科学に詳しい方なら、およそ25億年前にシアノバクテリアが酸素をつくるようになって……と答えるかもしれません。しかし、その仮説が変わる大発見をしたのが、国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)超先鋭研究開発部門 超先鋭研究開発プログラム主任研究員の延優(Masaru K. Nobu)さんです。
生命はなぜ光合成をはじめたのか? それはいつ、誰がはじめたのか? この問いから地球生命年表を書き換える大発見についてくわしく紹介します。(取材・文:岡田仁志)
地球史や生命史における大テーマ「酸素生成」
──現在の私たちは酸素なしに生きられませんが、大昔の地球の大気には酸素がなかったといわれています。地球の環境が激変したのは、光合成をする生物が登場したのが原因だと考えてよいのでしょうか?
地質学的には、およそ24億年前に「酸素のない地球」から「酸素のある地球」に変わったことがわかっています。そのころに何らかの「大酸化イベント」が起きたと考えられているんですね。
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そして、酸素を生成する能力は、生物の光合成以外にはほとんどありません。それが大気の化学組成をガラッと変えたのですから、光合成の進化は地球史上でも最大の事件といっていいでしょう。その進化がいつ、どのように始まったのかは、地球史や生命史における大テーマです。
でも微生物は化石をほとんど残さない。残している場合でも容姿だけでは誰の化石か判別できないので、24億年前に光合成をする生物が存在したかどうかはわかっていませんでした。ここでいう微生物は原核生物を指します。
光合成をする緑藻や紅藻などが化石で確認できるのは、だいたい15億年前からです。もっと昔の35億年前の化石からは、光の届く水深に微生物がいたことがわかっていますが、それが光合成をしていたかどうかは定かではありません。
35億年前から15億年前までのあいだに光合成がどのように進化したのかは、地質学的な情報や化石などからは追うことができないんです。
24億年より前に酸化した鉄がある理由は?
ちなみに、光合成は必ず酸素をつくるわけではありません。酸素を発生する光合成と、酸素を発生しない光合成の2種類があるんですね。そのどちらが先に生まれたのかも大きな謎なのですが、それを知るうえで重要な手がかりになるのが、37億年前から24億年前までの地層に見られる「縞状鉄鉱」です。
鉄とシリカをベースとした層が縞を描くように交互にできているんですが、その縞状鉄鉱の中にあるのが「酸化された鉄」なんですよ。これは、地質学者から見るとすごく奇妙なことでした。
──酸素のない時代にできたものですからね。
はい。酸素が鉄と無機的に反応して、酸化した鉄ができるわけです。現存する生物の中には鉄を酸化する能力を持つものがありますが、その大半は酸素を必要としているんですね。いずれにしても、37億年前〜24億年前の地層に酸化した鉄があるのはおかしいわけです。
酸素を使わずに鉄を酸化する微生物が!
しかし数十年前に、酸素を使わずに鉄を酸化する微生物が見つかりました。光のエネルギーを使って、鉄を酸化する能力を持っているんです。
この微生物は、光合成をするけれど、酸素は発生しない。37億年前の地球にこのタイプの微生物がいたとすれば、酸素のない時代に縞状鉄鉱がつくられたことも説明ができます。
もしそうだとすると、まず先に「酸素を発生しない光合成」が37億年前から存在していて、24億年前に「酸素を発生する光合成」が進化したように見えますよね?
でも、それを裏づける証拠はありません。地質学の世界でも、「縞状鉄鉱の鉄を酸化させたのが本当に生物なのかどうかは疑わしい」という議論がありました。
その議論に決着をつけるには、地質学的な情報だけでなく、生物の遺伝子の情報、つまり分子情報による裏付けが必要です。それが得られれば、冥王代から原生代の始まりまで約20億年ぐらいの地球の歴史がわかるでしょう。