基本調味料の「酢」「醤油」「味噌」はもちろん、「漬け物」「納豆」「鰹節」「清酒」さらには「旨味調味料」もーー。微生物を巧みに使いこなし、豊かな発酵文化を築いた日本。室町時代にはすでに麴(こうじ)を造る「種麴屋」が存在し、職人技として発酵の技術は受け継がれてきた。
実は科学の視点から現代の技術で解析を進めるにつれて、そのさまざまな製造工程がいかに理にかなったものであるか、次々に明らかになっている。発酵食品を生み出した人々の英知に改めて畏敬の念を覚えつつ、このような発酵食品について科学的な側面から可能な限り簡明に解説していく。今回は、生きた菌を使ってつくる「発酵食品」。そうした発酵食品に入る微生物について、その安全性という面から見ていきます。
*本記事は、『日本の伝統 発酵の科学 微生物が生み出す「旨さ」の秘密』(ブルーバックス)を再構成・再編集したものです。
発酵食品の安全性とは?
発酵食品にはさまざまな微生物が利用され、発酵食品の数だけ微生物があるともいえる。納豆は蒸した大豆に納豆菌バチルス・サブチリス・ナットーを繁殖させて作る。醤油や味噌の醸造には、高濃度の食塩に耐性をもつ乳酸菌と酵母が用いられる。食酢は好気性の酢酸菌により酒から作られる。
これらの微生物について、食品としての安全性の面から触れてみよう。
旨味調味料の都市伝説
グルタミン酸ナトリウムが昆布の旨味成分であることを1907年に池田菊苗博士が発見し、純粋なグルタミン酸ナトリウムが旨味調味料として利用できることは分かっていた。
グルタミン酸はタンパク質を構成するアミノ酸のひとつであり、初期には昆布から抽出したり、小麦や大豆のタンパク質を濃塩酸で加水分解したりして生産していたため非常に高価であった。
そこで、なんとかしてグルタミン酸を発酵生産できないものかと、グルタミン酸を生産する菌の探索が行われ、1956年、協和発酵工業(現協和発酵キリン)の鵜高重三(うだか・しげぞう)博士によりコリネバクテリウム・グルタミカムが発見された。
以後、安価な糖蜜を原料にいくらでもグルタミン酸が生産できるようになり、「味の素」とよばれる旨味調味料の価格が劇的に低下した。この発見は、微生物を利用して各種のアミノ酸などの有用成分を生産する発酵工業の草分けとなり、20世紀の日本の10大発明のひとつに数えられている。
グルタミン酸ナトリウムはかつて「化学調味料」とよばれた時期もあるが、今では一般的に「旨味調味料」とよばれている。すべて微生物を用いた発酵法により生産されており、中華料理などの調理の現場や漬け物やレトルト食品など、さまざまな加工食品に広く使われている。
なかには、発酵食品を語るのに旨味調味料などとんでもないと考える人もいるだろう。インターネットで検索すると、あちこちで「食べてはいけない」添加物として槍玉に挙げられているが、実際は、各国の研究機関により詳細な調査が行われ、1987年にJECFA(WHO/FAO合同食品添加物専門家会議)が1日許容摂取量を「指定なし」(設定の必要なしの意味)と定めている。
米国食品医薬品局も、グルタミン酸ナトリウムを食塩や食酢などと同じ安全性のカテゴリーに分類しており、日本の厚生労働省も同様の見解を採っている。旨味調味料が健康に良くないというのは、都市伝説のように根拠のないものと考えてよい。
ただ、筆者の個人的見解だが、舌がしびれるほど旨味調味料を使った料理を食べ続けると、旨味調味料がないと満足感が得られにくい「味音痴」になるように思う。旨味調味料に限らず、味が濃くてハッキリしたものを食べ続けると、薄味が物足りなくなるのと同じである。なにごとも節度が重要ということであろう。