日本からおよそ5000キロの距離にある氷の世界、北極。「とてつもなく遠い場所」「年中氷に覆われた地域」「ホッキョクグマのいるところ」――みなさんはどんなイメージを持っているでしょうか。私たちにとって必ずしもなじみが深いとは言えない北極ですが、実は、国内では新しい北極域研究船の建造計画が進むなど、今研究者たちの“熱視線”が注がれています。なぜ彼らは北極に注目するのか、海洋研究開発機構(JAMSTEC)北極環境変動総合研究センターの菊地隆センター長に話を聞くと、その背景には地球環境における北極の役割や、温暖化との関連があるようです。北極の氷がとけたら日本で何が起きるのかという難しい疑問も含め、たっぷりとお話を伺いました。(取材・文:岡田仁志)
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北極は地球の「ラジエーター」
──北極は地球や海洋を研究する上でどんな意味を持っているのでしょうか。
菊地隆さん※以下敬称略:北極は地球温暖化の最先端と言えます。具体的に見ていくと、まず地球全体をひとつの熱システムとして見た場合、熱帯域が「エンジン(熱源)」で、北極と南極は「ラジエーター(冷熱源)」に例えることができます。自動車のエンジンも、冷却水を入れたラジエーターによって、オーバーヒートを防いでいますよね。それと同じように、熱帯が受けた熱が極方向に移動して、北極と南極で冷やされる。そのバランスが保たれることで、現在の地球環境の気候が成り立っています。
──そもそも、なぜ北極と南極は冷たいのですか?
菊地:ひとつの理由は、太陽からの熱のインプットが少ないことです。夏は白夜になりますが、太陽の高度はそれほど高くないです。逆に冬には一日中太陽が出てこない「極夜」になり、入ってくる太陽の熱はゼロになりますからね。
でも、極地が冷たい環境を保てる理由はそれだけではありません。極地では表面が白い雪氷に覆われているために、入ってくる熱を反射してしまうんですね。ラジエーターの役割を効果的に果たすためには、この雪氷の存在が必要不可欠です。
──なるほど、温暖化で極地の雪や氷が減少すると、地球を冷やす役割が弱くなるので、ますます温暖化が進むわけですね。北極と南極には何か違いがあるのですか?
菊地:同じラジエーターでも、その実態は大きく異なります。北極は真ん中が海(北極海)で、まわりに陸地がある。南極は逆に真ん中が陸地で、まわりが海。これが根本的な違いを生んでいるんです。
というのも、南極は南緯90度から70度ぐらいまで広がる大きな陸地で、そこに長期にわたり降り積もった雪が平均2000メートルの厚さの氷床となって覆っています。厚いところでは4000メートルにもなる。一方、北極の氷は海水が凍って浮かんでいるだけなので、そんな厚さにはなりません。氷が折り重なっているところでも、せいぜい10〜20メートル。昔は平均で3〜4メートルとされていましたが、いまは1〜2メートルと言われています。また海氷は少しとは言え割れているところもあって、そこは海水面がでて大気を暖めてしまいます。そのため、平均気温は南極がマイナス50度程度なのに対して、北極はマイナス20度程度。同じラジエーターでも、その強度はまるで違います。
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また、たとえば氷が1メートルとけたとしても、ラジエーターの役割として平均2000メートルもある南極の氷床にとっては痛くもかゆくもありませんが、北極では致命的。海水面が現れると太陽の熱を吸収し、温暖化が加速します。ラジエーターとしては、北極のほうがはるかに脆弱で壊れやすいんです。