吉原遊郭の「地獄」絵図
江戸時代から続く東京の遊郭、吉原では、一夜を過ごした客が迎え酒にポッと頬を染めつつ恋冷めの気持ちを味わいつつあった。そこに異様凄惨な音響とともに揺れ出した大震動!さながら家は波頭に漂う木片のごとく激動また激動。大店、中店、小店の差別なく、耳も聾せんばかりの一大音響とともに、脆くも倒壊した。
「助けてー、助けてー」と言うが、今が最後の金切り声も途切れ途切れ! 寝巻きのまま飛び出す客、伊達巻1つ素足の娼妓、湯文字一つの女、辛うじて這い出したものの、雨とふりそそぐ瓦石のつぶて、顔に、胸に、足に、めりこむように飛んでくる。わぁ! と言う悲鳴とともに逃げまどううち、「火事!火事!」の声が口々に叫ばれた!
地震後の大火災からかろうじて逃げた娼妓、遊女を含む約1000人の男女は、迫る猛火から逃れようと小さな弁天池に飛び込んだが「あらゆる形容詞を1万語連ねても表現できない凄惨壮絶な状態」が続き、630余人が死亡した——。
これは、関東大震災の記録本『大正大震災大火災』(大日本雄辯會・講談社刊)の『鬼神も面を掩う悲話惨話』の章の「吉原弁天池の惨」の記述の一部だ。
吉原弁天池の惨事を伝える誌面(『大正大震災と大火災』より)