光で発射! 人工「細菌ロケット」
自然のユニークな発明を再現生物などの優れた構造や機能を真似して、新しい技術を生みだそうとする試みは、多くの分野で行われています。本連載では顕微鏡サイズの「ロボット」や「人工知能(AI)」の研究現場を取材していますが、そうした微小な機械の開発でも、よく取り入れられている手法です。
今回からは、しばしば下等だとか原始的とされる細菌やウイルスに学んで、それらがもつ驚くべき機能を「化学的」に再現しようとする研究を取り上げます。それは自然のすごさを改めて浮き彫りにしていく過程でもあります。一方で研究者は、その自然を「超える」ことをも目指しています。
自然はモーターもジェットも発明した
車輪やろくろのような「回転機構」は、約5000年前までに考えだされたと言われています。長らくそれは人類独自の発明だと信じられてきました。実際、車輪で走りまわったり、ヘリコプターのように飛んだりする生物は、どこにも見当たりません。
しかし1970年代になって、自然は何億年、あるいは何十億年も前に、それを手にしていたことがわかりました。大腸菌など多くの細菌が、尻尾のような「鞭毛」を回転させて泳いでいると判明したのです。一種のスクリューです。その回転数は毎秒1000回にも達し、エネルギー変換効率はほぼ100%という、超高性能「モーター」でした。
「人間が思いつくことは、すでに自然が試している」などとは、よく言われることです。進化の歴史は約40億年、人間(ホモ・サピエンス)の歴史は、たかだか20〜30万年と考えれば、当然のことかもしれません。
ハイテクの代表格とも思えるジェット推進でさえ、原理的にはイカやタコが実現していると言えるでしょう。ジェット機は前方から吸いこんだ空気に燃料を混ぜて燃やし、高温・高圧のガスを後方へ噴射する反動で飛びます。イカやタコも吸いこんだ水を筋肉の収縮で勢いよく噴射し、その反動で進みます。
では、ロケット推進は? ここでロケットとは、空気や水を吸いこむことなく、推進剤(通常は燃料と酸化剤)を化学反応(通常は燃焼)の力で噴射し、その反動で進むこととしましょう。さすがに、そんな生物はいないでしょうか?
顕微鏡下の彗星、それともロケット?
再び細菌の登場です。下痢や腹痛、発熱などを伴う「細菌性赤痢」という病気があります。日本で流行することはなくなりましたが、戦後しばらくの間は10万人以上が感染し、2万人近くの死者を出しました。今でも時々、集団感染は発生しています。その原因となっているのが赤痢菌です。
赤痢菌には鞭毛がないので、基本的には動けません。水中などでは浮かんでいるだけです。しかし、いったん感染して大腸の上皮細胞内に入りこむと、活発に運動し始めます。いったい、どうやって?
私たちの細胞には「骨格」の役目を果たしているフィラメント(線維)が3種類あります。それぞれ「微小管」「中間径フィラメント」「アクチンフィラメント」と呼ばれます。最後のアクチンフィラメントは「アクチン」というタンパク質が、らせん状に集まってできています。「ミオシン」という別のタンパク質とペアになって、筋肉の線維になることもあります。
アクチンフィラメントは、細胞内で必要な時に必要な場所でつくられ(重合)、あるいは分解されています(脱重合)。その過程には様々なタンパク質が関わっており、全体としてちょうどいい状態に調節されています。赤痢菌は、このシステムに割りこんできます。
カプセル剤のように両端が半球の円筒形をしている赤痢菌は、その片方の端(これがお尻だとしましょう)にアクチンの重合をうながすタンパク質を持っています。このため細胞内のアクチンは、お尻の表面で次々と短いフィラメントを形成し、折り重なるように積み上がっていきます。すると赤痢菌は、そのフィラメントに押されるようにして反対側、つまり頭の方向へ進むのです。
この時の赤痢菌を電子顕微鏡などで観察すると、まるで夜空を渡る彗星のように見えます。細菌そのものが彗星の「核」、積み上がっていくアクチンフィラメントが彗星の「尾」に当たるでしょう。実際、この尾は「アクチンコメット」とか「アクチンコメットテイル」と呼ばれています。
一方で、ガスを噴射しながら飛んでいくロケットのようにも見えるため「アクチンロケット」とも呼ばれます。この場合、見かけだけではありません。アクチンの重合は一種の化学反応です。その結果できたフィラメントを後方へと「噴射」し、反動で推進しているのですから、まさにロケットと言えるのではないでしょうか。
ただ「ロケット」と呼ぶからには、それなりのスピードも欲しいところです。