<7>傾聴 苦悩の心和らげる

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太鼓のばちを振るいながら読経するザイレさん。護摩壇の炎に真冬の本堂でも汗がにじむ(吉野町で)
太鼓のばちを振るいながら読経するザイレさん。護摩壇の炎に真冬の本堂でも汗がにじむ(吉野町で)

ドイツ出身の僧侶 ザイレ法雲さん 45

 本堂に 護摩壇ごまだん の煙がもうもうと立ちこめ、視界がかすんだ。読経の声に合わせて、太鼓の音が床からわき上がるように重く響く。ドイツ出身の僧侶、ザイレ法雲さん(45)は懸命にばちを振るい、にじむ汗が炎に照らされた。

 修験道の聖地・吉野山(吉野町)の桜本坊。昨年7月、結婚が縁でこの寺に入った。

 修験道は護摩をたき、山を駆ける厳しい修行で知られる。あらゆる自然現象や文物に神仏が宿るという多神教的な思想が根底にあり、古来の神道や山岳信仰、様々な仏教宗派が結びついたとされる。修験道の僧侶は、山伏とも行者とも呼ばれている。

日本古典文学を学んでいた大学生の時、初めて奈良を訪れた(1999年、東大寺で)=ザイレさん提供
日本古典文学を学んでいた大学生の時、初めて奈良を訪れた(1999年、東大寺で)=ザイレさん提供

 「日本では昔から、神棚と仏壇が違和感なく一緒にある『神仏習合』が当たり前だった。対立が生じない、とてもおおらかで賢い考え方。今こそ、世界が学んでほしい」

 独ハンブルクに生まれ、11歳で米国に移住。しばしば訪日した物理学者の父は日本好き、母は漆器や陶器の収集家で、日本文化が身近だった。高校時代に日本語を学び、名門カリフォルニア大バークレー校では日本古典文学、大学院で仏教を専攻した。

 2010年に来日。奈良市内の寺で勤行に参加したのが、僧侶になるきっかけになった。「学者になるための研究」のつもりだったが、寺に身を置くにつれて「客観的に見るより、主観として体験する方が意味がある」と感じ、翌年に得度。外国人向け講座の講師を務め、宗派の難関試験にも合格した。

 3年ほど前、国際交流の活動をする若手宗教者の集いで、妻・ 安寿あんじゅ さん(34)と知り合った。安寿さんは桜本坊の一人娘で神職。天武天皇の神像もまつる神仏習合のこの寺で、神事を担う。英国の高校と大学で学んだ経験があり、「日本人より日本人らしい」ザイレさんと引かれあった。

 安寿さんとの結婚が決まり、「跡継ぎ見習い」として桜本坊で再得度し、法雲の法名を授かった。午前7時から境内に立つ5堂を巡って勤め、日中は参拝者の案内や草引きなど寺の庶務をこなす。

 仏教の深い知識を生かし、一般向けの講座も始めた。道案内や修行で山に入ることも多い。もとよりハイキングやキャンプが趣味で、山行は苦にならない。安寿さんの父で住職の たつみ良仁りょうにん さん(63)は「ご縁とは、こういうことかもしれませんね。人知では計り知れない」と喜ぶ。

 桜本坊は 檀家だんか を持たず、参拝者の願いを聞く 祈祷きとう 寺。ザイレさんは「一人一人の話を聞くことが大切」と考える。

 耳を傾ける悩みは幅広い。縁結びで知られる寺らしく恋愛相談を始め、家族や病気、介護疲れ、引きこもり……。末期がん、子どもの死など、つらい内容もあり、無力感に絶望するときもある。

 それでも「診療所や救急病院のように」悩みを受け止めたいという。「読経し護摩をたくことが心のよりどころとなって、悩みを解決する手伝いができる。何もできなくても、共に祈ることはできる」

 神も仏もすむ吉野の地に迎え入れられ、自身の役割を思い定める。(中井将一郎)

日本仏教 海外にも浸透

 日本仏教は海外でも知られている。戦前から布教のために海外に拠点を設け、国際交流に力を入れる宗派も多い。

 外国人にとって修験道は大峯 奥駈道おくがけみち や熊野古道など巡礼の道で知られる。「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産となった2004年以降、人気が高まった。コロナ禍で消えた人影も収束とともに戻り、四国遍路でも外国人の姿は少なくない。

 ザイレさんは、桜本坊に来る外国人について「『修行を体験したい』『山伏になりたい』など、要望が明確」と話す。逆に日本人参拝者から「山伏って今もいるんですか」と驚かれ、信仰への関心の薄さを感じることもあるという。「海外からの評価が高まれば、日本人も知ってくれるのでは」と願っている。

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