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[エンターテインメント小説月評]アニメでもおなじみの一休とは、一体どんな人だったのか…風狂の禅を極めようともがく姿を描く木下昌輝さん渾身の一冊

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 今の40、50歳代が幼い時、最も身近に感じたお坊さんは、人気アニメ「一休さん」の主人公だろう。頓知で将軍をやり込めるような話は後世の創作らしい。では実際の一休宗純はどんな人だったか。木下 昌輝まさき愚道ぐどう 一休』(集英社)は、風狂の禅を究めようともがき、破戒の道を生きた異端ぶりを描き出す。

 室町時代、京の臨済宗の寺で千菊丸(後の一休)は、高僧になれという母の願いを胸に学問に励んでいた。長じて詩才を認められるものの、腐敗した宗教界に反発。心身を害し死に近づくほどの苛烈な修行に身をやつす。

 物語は南北朝統一後から始まるが、やがて 飢饉ききん や一揆が頻発し京を焼け野原とする未曽有の騒乱も起きる。その混迷を民衆の中に身を置いた僧の視点から体感させ、歴史小説として 屹立きつりつ させた。高貴な血を引く彼に近づくよこしまな武将たちの不気味さが際立つ。特に、禅を曲解し人間の業を超越した悪を極めるある男に身の毛がよだった。

人と船が主役

  西條奈加さいじょうなか 『バタン島漂流記』(光文社)は江戸前期、知多半島の 廻船かいせん が遠州灘で流された実話が基になっている。同じ伊勢湾岸の大黒屋光太夫らは、北への漂流の末にロシアを旅したが、この船は、フィリピンの離島バタン島へと流れ着く。500石の「 颯天はやて 丸」の乗組員は15人。漂流中は大風と闘い、浸水や水不足にも見舞われる。ようやくたどり着いた島では言葉も通じず島民の急襲も。物資も乏しい中、郷愁に駆られ、知恵と力を出し合って危難に立ち向かう姿に打たれる。

 波乱の漂流記のリアリティーを高めているのが、 弁才べざい 船と呼ばれた木造荷船の詳細な記述。 かじ 、帆柱、船体などに船大工が様々な工夫をこらした和船への理解が深まる。人とともに船が主役の海洋冒険 たん だ。

 阿野 かん 『蛍の光』(徳間書店)は尊皇 攘夷じょうい の嵐が吹き荒れる幕末、長州藩の山尾庸三と伊藤俊輔(後の博文)が、幕府の学者を闇討ちする。暗殺は生涯の秘密になるはずだったが……。

 腕は立つが繊細な庸三と人たらしで冷酷な性格の俊輔。2人の心の かせ となる暗殺場面が秀逸だ。その対照的な価値観を通し、イギリス留学や維新の動乱、維新後の近代化推進などと続く歴史の流れを巧みに語っている。

過去の自分に立ち向かう

 ガルシア・マルケスの『百年の孤独』の文庫化が話題だ。同じ日に同じ新潮文庫から同文庫史上最厚の本として出たのが、マット・ラフ『魂に秩序を』(浜野アキオ訳)。そのあまのじゃくな登場に興味を引かれ、1088ページを読みふけった。

 米シアトル近郊に住むアンドルーは、多重人格障害者アンディの別人格。アンディの頭の中にある内的世界の家には酒好きのアダム、サムおばさんら多数の別人格が住み、アンドルーが管理者となって、体を動かす時間を分け合い暮らしている。28歳のある日、彼の勤め先の新興企業に、多重人格を抱えた女性ペニーが現れる――。

 「ボーイ・ミーツ・ガール」的な青春恋愛譚、米国を横断する「ロード・ノベル」、そして過去を巡るミステリーにもと変幻自在。口が悪かったり洞察力があったりと人格たちは個性豊かでにぎやか。宿主を助けようと協力し奮闘するさまが愛らしい。

 『愚道一休』が禅問答や座禅で心を無にする内面探究に向かうとしたら、本作はむしろ内面世界の煩悩のような人格たちと触れあい、心を成長させてゆく話。過去の自分に立ち向かう勇気と人生賛歌を強く感じた。(文化部 佐藤憲一)

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