ソニーが映画メジャースタジオ・パラマウントの買収ならず、業界人が安堵した理由 

7/13 12:02 配信

東洋経済オンライン

 ハリウッドをさんざん振り回してきた案件が、ようやく落ち着いた。巨大マスメディア・エンターテインメント企業であるパラマウント・グローバルが、映画制作会社のスカイダンス・メディアに買収されることになったのだ。

 パラマウント・グローバルは、パラマウント・ピクチャーズやメジャーネットワークのCBS、MTV、配信プラットホームParamount+などを抱える。映画においては、112年の歴史を誇り、『ティファニーで朝食を』、『ある愛の詩』、『ゴッドファーザー』、『チャイナタウン』、『トップガン』など数々のヒット作を送り出してきた。

■一時はソニーも買収を目論んでいた

 一方、近年は大きな負債を抱え、ラインナップも薄く、メジャー映画スタジオの中でも競争力が落ちていた。そんな彼らに狙いを定める人々は少なくなく、メディア業界の大物バイロン・アレンは昨年から買収を打診していたし、一時はライバルスタジオであるワーナー・ブラザース・ディスカバリーも合併についての話し合いを持っている。

 今年春には、日本のソニーも、米投資会社アポロ・グローバル・マネジメントと組んで買収オファーをしたと報じられた。つまり、パラマウントの買収は「あるのかないのか」ではなく、「いつ、どこに決まるのか」という状況だったのだ。

 結局、最初から優勢と見られていたスカイダンスに決まったことに、業界の多くの人々は安堵を感じている。業界人にとって一番の懸念は、もしソニーが買収したら、ハリウッドにおけるメジャースタジオがひとつ減ってしまうことだった。

 それはつまりトータルでの製作本数やアイデアの売り込み先が減ること、そして大規模なレイオフを意味する。また、スカイダンスはパラマウントと製作パートナー契約をし、最近の『ターミネーター』や『ミッション:インポッシブル』、『トップガン マーヴェリック』を製作してきたことから、ジェームズ・キャメロンをはじめとする大物業界人の間からも、スカイダンスを支持する声が聞かれていた。

 CBSの問題も大きい。ソニーは日本企業なので、アメリカのメジャーネットワークを所有することはできない。もちろんソニーとアポロもそこは最初から認識しており、CBSに関してはアポロが所有する計画だったが、パラマウントの会長シャリ・レッドストーンは、父が築いた巨大なメディアカンパニーを分割するのは理想的でないと考えていたようだ。

 さらに、1980年代後半にコロンビア・ピクチャーズを買収した時に大きな金額を払いすぎたと思っているソニーが、この買収にやや慎重になったとの報道もあった。

■41歳でメジャー映画スタジオのトップに

 今回の買収合戦に勝ったスカイダンスを率いるデビッド・エリソンに対しては、彼の父でシリコンバレーの大企業オラクルの創設者ラリー・エリソンも、大きな投資を約束してきた。総資産1793億ドルと言われるラリー・エリソンがかかわることで、資金源が安定するだけでなく、テクノロジーにより力が入れられるようになることも、内部の関係者やそれ以外の業界人から、ポジティブなことと受け止められた。

 そもそもデビッド・エリソンはまだ41歳だ。そんな若い人がメジャースタジオのトップに立つというだけでも、業界の空気が多少なりとも変わるのではないか。とはいえ、メジャースタジオと製作契約を結んでいたプロダクション会社のひとつがそのメジャースタジオを買収することも、歴史あるスタジオのトップが突然にして41歳の男性になることも、稀な話である。そもそも、彼はどんな人物なのか。

 エリソンは、1983年、ラリー・エリソンと3番目の妻バーバラとの間に誕生。合計4人の妻を持った父ラリーにとって、唯一の息子だ。妹ミーガンは、『ゼロ・ダーク・サーティ』などシリアスで意義のある映画を得意とするアンナプルナ・ピクチャーズの創設者である。

 両親はエリソンが3歳の時に離婚し、兄妹は映画好きな母の影響を受けて育つ。しかし、兄妹は父ともずっと近しい関係を保ち続けた。父が「Forbes」のビリオネアリストに初めて入ったのは、エリソンが10歳だった時。父は子供たちにオラクルの株を分け与え、エリソンはそれだけで一生困らないお金を得ている。

 高校卒業後、エリソンはロサンゼルスの海沿いの街マリブのペパーダイン大学に入学し、後に南カリフォルニア大学に編入。しかし、ジェームズ・フランコ主演作『フライボーイズ』(2006)に俳優として出演する機会を得ると、大学を中退した。エリソンはこの映画の製作予算の3割を自分の懐から出資したが、映画は赤字に終わっている。

■スティーブ・ジョブズとも親交があった

 だが、それにくじけず、エリソンは、2006年、自らのプロダクション会社スカイダンス・メディアをサンタモニカに設立。その頃もまだ俳優としての成功を目指していたが、まもなくプロデュースに専念すると決意した。

 金だけを持ってハリウッドに入ってくる若者は時々いるものの、彼の場合は、父のコネのおかげで、オラクルの役員を務めるデビッド・ゲッフィンや、父が親しくするスティーブ・ジョブズ(その頃までにジョブズはピクサー・アニメーション・スタジオを成功させていた)などからアドバイスを得ることができている。

 スカイダンスは、2017年、アニメーションに進出。最初の長編映画は、2022年、Apple TV+で配信された『ラック~幸運を探す旅~』。この映画の製作がスタートした後に、「#MeToo」でピクサーとウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオから離職を余儀なくされたばかりのジョン・ラセターをトップに迎え入れたことは、スカイダンス・アニメーション内を騒然とさせた。声の出演に決まっていたエマ・トンプソンはレコーディング作業が始まっていたにもかかわらず降板し、強い意思表示をしている。

 スカイダンス・アニメーションの次回公開作は、この秋の『Spellbound』。声の出演はレイチェル・ゼグラー、ニコール・キッドマン、ハビエル・バルデムらだ。

 2014年には、父が愛するハワイアンシャツにインスピレーションを受け、男性向けファッションブランド「LANAI Collection」をローンチ。私生活では、2011年、女優で歌手のサンドラ・リン・モディックと結婚。若い時に、飛行機操縦の免許も所有している。まさに、すべてに恵まれた人生だ。

■厳しい舵取りを迫られる

 だが、ハリウッドの超大物プレイヤーとなった今、彼の毎日は決して楽しいことばかりではないだろう。もちろん、それは十分わかったうえでのこと。エリソンによる新生パラマウントは、20億ドル規模のコスト削減をする予定とのことで、厳しい話も出てくるはずだ。Paramount+ひとつを取っても大赤字で、早くもライバル会社と合併する案を考えているようである。

 これからの彼の動きは、業界全体に影響を与える。この若きエグゼクティブの手腕が明らかになるのは、これからだ。

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最終更新:7/13(土) 12:02

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