天然木の家に「今はひとり」 42歳起業家の暮らし 「人が好き」、でも家族・夫婦の“枠組み”は息苦しい

7/13 11:02 配信

東洋経済オンライン

日本では、ひとりで暮らす人が増加している。国立社会保障・人口問題研究所の調査によると、約10年後には日本の平均世帯数が2人以下になるという。
多数派になりつつある「ひとり暮らし」だが、事情はさまざまだ。ずっとひとり暮らしの人もいれば、これから他者と暮らす人、また他者と暮らしていたがひとりになった人もいるだろう。本連載では「ひとり暮らし」をする人をその自宅でインタビューし、暮らしぶりや心のうちをひもといていく。

■東京で別荘暮らし? 天然木の一軒家

 東京で訪問看護や飲食関連の企業を経営する糟谷明範さんは、京王線沿線の多摩エリアにある一軒家で、ひとり暮らしをしている。駅から10分ほどの場所、住宅地のなかにある洗練されたログハウスが糟谷さんの自宅だ。

 家に入ると漂う新鮮な木の香り。モノが少ないリビングの一角には、薪ストーブが置かれている。周囲からの視線を遮る庭木の配置が絶秒だ。吹き抜けの空間を通して木漏れ日が屋内に降り注ぐ。

 先ほどまで都会の喧噪の中にいたことを遠くに感じる。

【画像22枚】心地よい雰囲気が漂う“ログハウス”でのひとり暮らし

 「ログハウスを建てるのは、前のパートナーの希望でした。長野出身で、彼女自身がこういった天然木の家で育ったこともあって、東京でも同じような家に住みたがったのです。そこで彼女の実家と同じハウスブランドに依頼し“東京のログハウス”を建てました。

 その結婚生活は2年で破綻して、彼女は出ていってしまったのですが……。僕は今でもこの家を気に入っています」(糟谷さん 以下の発言全て)。

 実は糟谷さんは20代のときと30代のとき、2度結婚している。結婚生活は、どちらもおよそ2年で終わりを迎えた。

 「2度の離婚経験から、僕は結婚に向いてないのだと気づきました。仕事では、在宅看護やカフェを起点にしたまちづくりを行う会社を経営していて、常に誰かとコミュニケーションを取っている毎日。仕事の話もあれば、人生相談もあるのですが、それはまったく苦ではないのです。

 でも、だからこそプライベートでは静けさを求めてしまう。家族や恋人など密な関係の人とのコミュニケーションがこじれると、キャパオーバーになるんです。だから僕は、ひとりで暮らしたほうがいいのだと思っています」

■ひとりで「心を遊ばせる時間」も必要

 全体的にミニマルなインテリアだが、ダイニングスペースのちゃぶ台や窓際に置いたデスクなどに、アンティークテイストの家具が取り入れられている。

 また家のスポットごとに飾られた雑貨類は、素朴な民芸調だ。これらは控えめだが、洗練された空間に温かみを添えるアクセントとなり、くつろいだ雰囲気をつくっている。

 「頻繁に訪れている沖縄で自分へのお土産を買ってきて、それを飾ったりもするんですけど、雑貨類は、ほとんどがいただきものなんです。家に遊びにくる友人が置いていったり、誰かからプレゼントされたり。例えば、窓際の机は友人のお父さんが亡くなられたときに、譲っていただいたものです」

■「ひとり暮らし」ならではの時間

 前のパートナーの好みに従って建てた家に、今もひとりで住み続ける糟谷さん。

 「わだかまりはまったくないですね。ちょっと変わった家だからこそ、気持ちが切り替わるし、木の香りにも癒やされる。彼女がこの家を選んでくれて、よかったと思っています。

 普段は睡眠時間込みで9時間弱しか自宅にいませんが、そのなかで豆からコーヒーを淹れて、本を読んだり映画や動画を見たり。家には仕事を持ち帰らず、ゆっくりと過ごすようにしています。

 そうやって自分を解き放って心を遊ばせるなかで、仕事の新しいアイデアや、課題の解決方法がひらめくことがあるんです。ひとり暮らしならではの、貴重な時間ですね」

 気持ちの向くままに読みたい本を読んだり、映画を見たり、そんな時間が創造性を高めるのだろう。夏には涼しい木漏れ日、冬には温かい暖炉があり、興味や思考の軌跡が集積されたオブジェのような本棚がある。自宅で憩う糟谷さんは充足して、リラックスしているように見える。

■難病の母がいるため、実家の近くに家を建てた

 家を建てたのは2018年、糟谷さんが36歳のとき。きっかけは結婚だったが、一軒家を構えようと思った背景には親の病気の問題もあったという。

 「僕が起業した2015年と時を同じくして、母が筋萎縮性側索硬化症(ALS)という難病を発病したので、どうしても近くにいなければならない状況もありました。そこで、結婚を機に実家の近くに家を建てたのです。

 本音では躊躇もありました。子どもの頃から長男であることのプレッシャーを感じていたので、実家の近くに家を建てることが、自分を縛ってしまうようで怖かったですね」

 糟谷さんの経営する会社のメイン事業は、在宅看護の提供である。カフェも一緒に経営する理由は、医療者と患者の垣根をなくし、また病を得た人と、健康な人のどちらも幸せを感じる地域社会をつくるという目標ゆえ。

 そういった会社を経営する糟谷さんの母が、起業と時を同じくして24時間の看護が必要となる難病を発病してしまったことは、偶然とはいえ、あまりに厳しい試練だ。

 身近な人が病気になると、そのケアのために金銭や時間、そして心身にも負担がかかる。しかしケアの専門家だからこそ、また家族が難病を抱えているからこそ、家族や夫婦というつながりが、いかに重要かということも、実感しているのではないだろうか。

 「僕は、家族や夫婦や恋人など人間関係の枠組みに縛られることが苦手で、本当にそれが必要なのかと疑ってすらいます。

 仕事で接する患者さんやご家族には、家族という枠組みにとらわれて『家族だからやってくれるはずだ』とか『家族だから私がやらなくては』と、こじれたり、抱え込んで苦しんだりしている人がたくさんいます。

 加えてカフェでお客さんが話している悩みは、夫婦や恋人のことが多い。『夫婦だから許せない』とか『恋人のはずなのにひどい』とか、関係性の枠からズレることに不満や不安を感じる。

 僕は日頃から、人は枠組みで関係性を縛るからこそ、問題や苦しみが生まれるのではないかと疑問を持っています。だからみんなが関係性の枠組みから解放され、個々のやりたいことに忠実になって、自分らしく暮らせばいいのに、と思うんです」

■人々の幸せを少し離れた場所から眺めたい

 確かに、糟谷さんが取り組む看護事業にしても、カフェ事業にしても、家族などの強い人間関係の周辺で「他人同士がつながれる仕組み」をつくることをひとつの目的としているように見える。

 それは裏を返せば広く緩やかなつながりをつくることで、家族や夫婦、恋人のような、強い結びつきを解いてゆく試みなのかもしれない。

 「そうかもしれません。僕は密な関係でお互いを縛り合うよりも、皆がワイワイと楽しそうにしている場をつくって、それをちょっと離れたところから見ているのが好きです。

 個人的にも、ひとりで暮らして、距離感を保ちつつ人間関係を築くのが性に合っています。だからこそ、この社会に関係維持のために嘘をついたりしなくてもいい、流動的で風通しの良い人間関係であってほしいと願い、それが実践される場をつくりたいと思うのかもしれません。

 僕は自由な人間関係のなかで助け合い、個々が不安を感じずに生きられるような社会の構築を目指して、仕事をしています。少なくとも医療や看護に関しては、抱え込んで苦しむ人を減らしたい。

 もし自身や家族の病で孤立し、苦しんでいる人がいたら、行政の支援なども活用して、頼れるところは人に頼ってほしいですね。僕もそうしていますから」

【画像22枚】心地よい雰囲気が漂う“ログハウス”でのひとり暮らし
本連載では、ひとり暮らしの様子について取材・撮影にご協力いただける方を募集しています(首都圏近郊に限ります。また仮名での掲載、顔写真撮影なしでも可能で、プライバシーには配慮いたします)。ご協力いただける方はこちらのフォームからご応募ください。

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最終更新:7/13(土) 11:02

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