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【芸能資料定期便】俳優を裏で支える相棒!楽屋鏡台の世界 美術展ナビ×国立劇場コラボ連載第8回

昭和41年(1966年)の開場以来、伝統芸能の上演だけでなく、演劇・芸能関連の資料の収集と活用に努めてきた国立劇場。美術的に優れた名品から歴史的に貴重な資料まで、多岐に渡る所蔵資料から、担当者が「これを見て!」という一押しを紹介するのが、毎月末日に公開する美術展ナビ×国立劇場コラボ連載【芸能資料定期便】です。

俳優の相棒!楽屋鏡台の世界

芝居に化粧は付き物ですが、歌舞伎では隈取から動物の役の化粧まで、全ての化粧を歌舞伎俳優自身が行います。舞台に上がる度に使用する楽屋鏡台は、そんな歌舞伎俳優の相棒ともいえるものです。今回の芸能資料定期便では、国立劇場が所蔵する楽屋鏡台の中から4点をご紹介します。

はじめにご紹介するのは五代目嵐璃寛りかん(1871-1920年)が使用していた鏡台です。
五代目璃寛は大正期に関西を中心に活躍した女方で、女性とのスキャンダルが絶えなかったことから「駆け落ち役者」との異名を取りました。

五代目嵐璃寛使用鏡台

54.5㎝、横136.0㎝、高さ119.0㎝という大型の鏡台です。

檜でできており、朱塗りの上に金の蒔絵で七宝、宝鍵ほうけん宝巻ほうかん丁字ちょうじ、隠笠、隠蓑、金嚢きんのうの宝紋を散らした装飾が施されています。鏡台本体のほかに、同じく朱塗りの上に宝紋金蒔絵が施された三方と、真鍮製の燭台がついています。

五代目嵐璃寛(国立劇場所蔵ブロマイドより)

元は五代目璃寛の養父である四代目璃寛(1837-1894年)が使用していたというこの鏡台。五代目の死後は片岡仁左衛門家で保管されていたといわれており、様々な人の手によって大切に扱われてきたことがわかる資料です。

次にご紹介する鏡台も色鮮やかです。二代目市川松蔦しょうちょう1886-1940年)が使用していました。

二代目市川松蔦使用鏡台

緑の地に朱色の縁取り、引き出しの内側は小豆色、そして銀色の取手という配色です。取手部分は松蔦の替紋である蔦の形になっており、鏡の下部と手ぬぐいかけにも同じく蔦の透かし彫りが施されています。

引き出し
引き出し内側
鏡下部
手ぬぐいかけ
二代目市川松蔦(国立劇場所蔵ブロマイドより)

二代目松蔦は明治~大正期の女方。清楚で近代的な容貌・芸風が時代に合い、大きな人気を集めました。俳優本人の雰囲気が鏡台にもよく表れていますね。

続いては、七代目・八代目の市川中車ちゅうしゃが使用した鏡台です。

七・八代目市川中車使用鏡台

こちらの鏡台は、一見シンプルにも見えますが、中車の家紋である牡丹の彫刻や透かし彫りが随所に施されています。

鏡上部
鏡下部
棚下部

当時の『演芸画報』には、この鏡台のことと思われる話が載っています。明治45年(1912年)4月の「楽屋見た儘」では、「市川八百蔵の部屋」として後の七代目中車(1860-1936年)の楽屋の様子が描写されています。

(前略)其の明るい場所に古渡り朱檀の鏡台が据られて在る、是れは特に八百蔵が好みで製作された品とあつて、鏡の上には定紋の蟹牡丹、鏡の下にも同じ定紋と唐草が透彫にしてあり、頗る高価なる物だらうと想像される、聞けばぬる二十年の昔、中通りの贅沢屋太田の調製にかゝる物ださうだ、鏡台の前には定紋に縁のある蟹を模様とした六兵衛製の水入、油墨、打白粉うちおしろい等が按排あんばいされ、鏡台の左右には同じ古渡り朱檀の三ツ抽出ひきだし、右手に隣りしては同じく朱檀の四方棚、黒塗りの刷毛箱等が置かれ、水入と同じ六兵衛の焼物の中には白粉砥粉とのこ青黛せいたい等が載せてある、左り手三ツ抽出しの上には、大形革箱入の時計、紅を刷いた九谷焼の小鉢なぞが置かれ腕木のやうなところには小刷毛が四ツ程かけてある、比較的鏡台前の飾られてないのは立役のせいであらう。(後略)

『演芸画報』明治45年4月号(国立劇場所蔵)

「古渡り」とは古い時代に外国から渡来したもの。「朱檀」は紫檀とも呼ばれるマメ科の植物で、木目が美しいので古くから床柱や家具に用いられました。この後、七代目中車を襲名した月の楽屋訪問記でも、中車本人が「然し道具ばかりは叮嚀ていねいに使へば、幾干いくら高価たかくつても安い物さね、人間も鏡台のやうに緩みが来ては、締め直しの名前かへです」と語っています。この鏡台が『演芸画報』に載っているものと同じだとすると、相当大事にしていた自慢の品だったようで、その後八代目中車(1896-1971年)に受け継がれました。

さて、最後にご紹介するのは、九代目市川八百蔵やおぞう(1906-1987年)が使用した旅用の鏡台です。
歌舞伎俳優は巡業などで各地に赴きます。その際に使用する旅用の鏡台は、普段使用する楽屋鏡台よりもコンパクトに持ち運べるようになっています。

九代目市川八百蔵使用旅用鏡台
鏡の背面
蓋を開けた様子

鏡の裏に金属の部品を取り付けると、鏡の角度を段階的に調節することができる工夫が施されています。また、台の部分の蓋は取り外し式で、中に化粧道具などを置くことができます。
使用後は解体し、鏡を含めたすべての部品を収納できるようになっています。一箱に収めて持ち運べる、機能的な鏡台です。

全て収納するとこれほどコンパクトに。

芸能資料定期便第8回は、歌舞伎俳優が使用する楽屋鏡台4点をご紹介しました。楽屋鏡台は特注の一点ものであることも多く、デザインや機能にそれぞれの俳優のこだわりが詰まっています。今回ご紹介しきれなかった鏡台も、今後何かの機会に皆様のお目にかけたいと願っています。

(国立劇場調査資料課 野村茉那)

美術展ナビ×国立劇場コラボ連載【芸能資料定期便】
第1回「芝居を描く絵双六」


第2回「本を彩る木版口絵―浮世絵のその後―」


第3回「講談師 五代目寶井馬琴と戦争-昭和史を伝える芸能資料」


第4回「判じ物―目で見る江戸時代のなぞなぞ―」


第5回「月岡芳年の門下四天王「右田年英」の実力!」


第6回「雅楽を愛した徳川御三家の殿様」


第7回なぜ九代目市川團十郎の像には瞳がないのか