2-1:傷とともに踊る
目が覚める。頭の中が浮かんでいるような妙な感覚の中、ゆっくりと目を開ける。
白い天井。横を見れば金髪の少女がいて──跳ね起きた。
「赤木は無事か!?」
「第一声がそれ? 無事よ、傷一つないぐらい」
「お前も怪我をしていないか!?」
「残るような怪我はしてないわよ。……貴方のは、すぐには治らないでしょうけどね」
点滴を繋がれた腕と、不思議と痛くない身体に首を傾げ、溜息を吐き出す。
「痛くないってことは……結構重傷だったのか」
「麻酔が効いてるからなんだから、あまり無茶はしないことね」
「誰がするか」
無茶なんてしてもしんどいだけだ。そう続けようとしたが、気を失う前にしたばかりの俺が言っても説得力に欠けるだろう。
「……とりあえず、色々と聞きたいことはあるが、先に。俺は有栖川ヨミヒト。先程は悪かった、脅すような真似をして」
「リリィ。リリィ・アダムズ。気にしてない、というよりかは、こちらが悪かったと思っているくらいよ。恋人を犠牲にしろと言外に言うのは、人道に反していたわね」
「……恋人?」
「あの子、赤木さんのこと」
またか、と溜息を吐き出しながら、首を横に振る。
「赤木はただの友達だ」
「ただの友達であんなに必死になる?」
「……日本語が下手だな。友達の意味を知らないらしい」
「……貴方を見くびっていたわ」
彼女は懐から何かを取り出し、俺に押し付ける。
「紙片か」
何処の国の言葉かも分からない、あの大男が狙っていた紙片。俺と赤木が襲われた理由でもあり、受け取るのは多少気が引ける。
「先に断っておくと、すぐに私に渡してくれても構わないわ。元々、何も言わずに持っていくつもりだったから」
「……なら、何故」
「信頼出来ると思ったから。仲間になってくれたら助かるのよ」
真正面からの言葉。逸らされることのない目線。若干の熱量の違いを感じながら、けれど好奇心だけは人一倍あることも手伝い、リリィの言葉を促すように口を閉じる。
「何から言うべきかしら。……まず、私達は異端書に選ばれて異端争議典の参加者になった。その証明は、異端書の紙片」
「これを集めて完成させた奴が勝者で、異端書とやらを手に入れるわけか」
「そう。異端書には強大な力があって……この異端書の場合は……闇の最上級の異能『破壊』の力が秘められている」
「まるっきりファンタジーだな」
「信じられない?」
少女の言葉を聞いて、首を横に振る。自身も能力なんてけったいなものを持っていて、それを使って死闘をしたばかりだ。
「破壊の力は非常に強大で、使い手にもよるけれど……小さな国ぐらいだったら簡単に吹き飛ばせるぐらいの出力はあるわね」
「……物騒だな」
「物騒どころか、この世のどんな兵器よりも恐ろしいものよ。何でも破壊出来る」
「核よりも?」
「比較にならない」
物騒にもほどがある。あり得ないものであることは散々認識していたが、それにしても信じがたい。
「……どうするつもりなんだ。その破壊兵器を」
「壊す。あってはならないものだから」
「そうか」
ならさっさと破ってしまったらいいと、紙片の端と端を握って破ろうとするが、破れる気配はない。これでも力は強いはずだが……。
「色々試したけれど、どれも成功に至ってはいないわ。破る、斬る、燃やす、浸す、電気を流す、酸につける、凍らせて割る、銃で撃つ。現状の技術では破壊が不可能よ」
「……こんな薄っぺらい紙がね」
「少しは信じてもらえた?」
「それで、壊れない本をどうやって破壊する気だ?」
破壊すると言っておいて破壊出来なければ、悪戯に危険を背負いこんでしまうだけだ。 得策ではないし、いつか破壊出来るからと保管しておくにも俺には返すべきではない。
「……この異端書は絶対なる破壊の力を持っている」
「……まさか」
「そのまさか。異端書の力によって異端書を破壊する。そのために私たちは異端の紙片を集めているの」
巻き込まれた。と、思いながら、差し出された手を掴む。
「綺麗な手を触るのに、傷だらけの手で悪いな」
「そう思うなら、無闇や矢鱈を気をつけるべきね」
手厳しいことだと思いながら病室を見直せば、どこか見覚えがある。というか、行きつけの暦史書管理機構の傘下の病院だ。壁の傷跡がよく知るものだった。
「壁の傷どうしたの?」
「いや、いつもの部屋だと思ってな。この横線は昔の俺の身長だ。怪我して退院する度に背の伸びを確認していたんだ」
「すごい小刻みなんだけど。どれだけ怪我してるのよ」
麻酔が効いているおかげで痛みがないが、結構深くまで刺さっていたように思う。この状態で調子に乗って動くべきではないだろうと判断し、置いてあったリンゴに手を伸ばし、齧り付く。
「言えば切ってあげたのに」
「パイナップル切ってくれ」
「ごめん、今のなしで」